2026年11月01日
佐藤輝明選手の偉業とタイトル争いの変化
~「推し」の時代と「一番」の価値~
プロ野球のレギュラーシーズンが終わり、個人タイトルも確定しました。セ・リーグでは阪神・佐藤輝明選手が、2022年のヤクルト・村上宗隆選手以来、史上9人目の三冠王に輝きました。打率、本塁打、打点の3部門で1位という快挙です。しかし、メディアも含め、かつてほど大騒ぎにならなかったように感じます。2位以下との争いが際どくなかったこともあるでしょうが、個人タイトルをめぐる空気そのものが変わってきたのかもしれません。
以前はシーズン終盤になると、勝敗やファンよりも個人タイトルが優先されたかのように見える駆け引きも繰り広げられてきました。1982年10月18日の大洋(現・DeNA)対中日最終戦。中日が勝てば優勝、負ければ試合のない巨人の優勝という大一番だったのですが、同時に大洋・長崎慶一選手を打率9毛(.0009)の僅差で追う中日・田尾安志選手との首位打者争いにも注目が集まっていました。すると大洋は長崎選手を欠場させ、試合の勝負を度外視して田尾選手を全打席敬遠。その結果、中日が優勝、首位打者は長崎選手に決まりました。
1999年10月5日のヤクルト対巨人戦は42本塁打のヤクルト・ペタジーニ選手と1本差で追う巨人・松井秀喜選手の直接対決でした。しかし、ヤクルトが松井選手を第1打席、第2打席と連続四球で歩かせると、巨人もそれまでペタジーニ選手を2打席打ち取っていたルーキーの上原浩治投手に敬遠を指示。これに対し、それまでペタジーニ選手にヒットを1本も打たれてなかった上原投手は、四球で歩かせた後にマウンドを蹴り上げ、悔し涙を流しました。
今季もパ・リーグでは最多勝争いが僅差となりました。しかし、その様相は違います。オリックスのエスピノーザ投手は13勝目を挙げるとシーズン終了前に帰国。日本ハムの北山亘基投手も13勝目の後は登板せず、CSに備えました。結果は両者の同時受賞。個人タイトルに対する選手の意識も、以前とは変わってきたように感じます。
背景の一つには、選手を評価する物差しが増えたことがあるのでしょう。近年は打率や本塁打に加え、出塁率と長打率を組み合わせた「OPS」や、打席ごとの結果に得点価値を割り当てる「wOBA」など、多様な指標が使われています。こうした指標の普及によって、選手の価値を打率や本塁打といった従来の数字だけでなく、得点への貢献やさらに深いチームへの貢献度など多面的に捉えるようになりました。打率は低くても出塁率が高い選手や、守備で失点を防いでいる選手など、従来は目立たなかった活躍も球団やファンから評価されるようになったのです。
さらにSNSの普及によって、ファンは成績だけでなく、選手の人柄や考え方にも触れられるようになりました。その結果、「本塁打王だからすごい」という評価に加え、「プレースタイルが好き」「姿勢に共感できる」と、自分なりの価値基準で選手を応援するようになりました。「推し」の文化は、こうした変化の表れともいえるでしょう。
この構造は、ビジネスの世界にも当てはまります。営業職で考えると、売上1位でもチームへの貢献が少ない人がいる一方、売上20位でも大型案件を支え、後輩を5人育成した人がいます。売上50位でも新規事業を立ち上げた人もいるでしょう。こうなると、誰が最も価値を生み出しているのかを判断するのは難しくなります。
評価軸が多様になれば、一つの順位だけで人の価値を測る意味も薄れていきます。売上で成果を出す人、人を育てる人、新しい仕組みや事業を生み出す人。それぞれが異なる領域で、異なる価値を生み出しているからです。
ただし、評価軸を増やせばよいという単純な話でもありません。自分に都合のよい指標だけを選べば、どんな成果も正当化できてしまいます。だからこそ組織には、何を価値と認め、どのような基準で評価するのかを明確にすることが求められます。評価軸の多様化は、評価基準の曖昧化ではないのです。
また、求められる価値は状況によっても変わります。一発勝負のトーナメントでは、その一戦で勝ち切る力が重要になります。陸上競技でも、世界記録を目指してタイムを追求する場合と、五輪のように順位を競って金メダルを目指す場合とでは、求められるものが異なります。何を目指すのかによって、適切な評価基準も変わるのです。
私たちは今、他人との比較や順位を最終的な評価基準とする考え方から、少しずつ離れつつあるのかもしれません。順位や数字が不要になるわけではありませんが、それだけですべてを判断する時代ではなくなってきています。
「誰が一番か」から、「誰が、どこで、どんな価値を生み出しているのか」へ。評価軸の多様化は、単に評価方法が増えたということではありません。「推し」の時代だからこそ、一人ひとりの価値の見方が広がり、「一番」の意味も変わりつつあります。企業や個人にとって「競争する」とは何か。その意味そのものが変わり始めていることを示しているのではないでしょうか。
2026年11月
ライター

代表取締役社長
瀬川 文宏
2002年 SO本部システム技術部長、2008年 取締役、2015年 専務執行役員、2017年3月より専務取締役、2021年3月代表取締役社長に就任。現在に至る。
持ち前のガッツでチームを引っ張る元ラガーマン。
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