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2020年08月01日

ニューノーマルで脱「ハンコ・紙・稟議」のチャンス到来

Withコロナ下では、在宅勤務による出勤率の調整を適宜行っていくことが必要です。また、在宅勤務のメリットを活かし、積極的に活用していこうとする企業も増えてきています。しかし、在宅勤務対象でありながら、出社せざるを得ない社員が結構いることも事実です。4月の緊急事態宣言直後の在宅勤務実態調査を見ると、会社が推奨あるいは命令した比率に比べ、社員が在宅勤務した実績比率はどの職種においてもかなり低い数字になっています。在宅勤務対象社員の内、3-4割は止む無く出社したことになり、企業が設定する出社率を守られていないこと、在宅勤務したいのにできていないことは大きな問題です。

在宅勤務比率の会社推奨・命令と実態のギャップ

図表1:在宅勤務比率の会社推奨・命令と実態のギャップ(黄色部分)
ソース:パーソル総合研究所の調査結果の比率データから編集加工

このように在宅勤務すべきだったのに出社を余儀なくされた理由については、いくつかの調査がなされています。そこで共通して上位に挙げられる理由が、「紙の書類とハンコに関わる仕事」の存在です。これらの「紙の書類とハンコに関わる仕事」を在宅勤務で可能にする解決策として、ワークフロー、電子承認・電子署名、ペーパーレスといったICT活用がすぐに思い浮かびます。これらの技術は、昨今のAIやIoTのような新しいものではなく、10年~20年前から世界中で広く利用されているものです。それでは、なぜ日本にはこのような実績があり、費用対効果の高い技術を未だに活用できていない企業が多いのでしょう。

在宅勤務を阻害する
紙の書類とハンコに関わる仕事
解決策となるICT活用
紙の書類による稟議 ・ワークフロー
請求書や納品書、見積書の捺印 ・電子承認・電子署名
帳票や台帳の閲覧・管理 ・ペーパーレス

図表2:在宅勤務を阻害する紙問題と解決策

■ICT活用を阻む3つの要因

まず稟議書類のワークフロー対応ですが、稟議は日本特有の仕組みです。もちろん欧米にも似た制度はありますが、起案-確認・合意―決裁・承認とシンプルなフローです。一方、日本企業の稟議はとても複雑です。稟議書内には、実に多くのハンコが並んでいます。例えば、新規案件の受注では、営業部門だけでなく、開発・生産・調達部門に加え、品質保証、原価管理といった間接部門など社内のあらゆる部門を回ります。さらに、起案担当者から、その所属長、上長、そして工場長、社長と順に階層を上がっていきます。紙の稟議書では合意・確認者がいくら多くなろうとも並行して回すことは出来ません。このため稟議の順番や差し戻し方法は細かくルール化され、稟議内容によって回覧先や順番は異なります。そうなると稟議をかけてから承認を得るまでに1~2か月を要することも珍しくなく、急務時には起案者が稟議書類を手に持って順に回っていくことになります。トップダウンのマネジメントには適用しやすいワークフローは、海外企業のように権限・責任が明確化されていれば良いのですが、ハンコの数だけ責任が分散し、根回しや組織でコンセンサスを得ていく日本企業特有の稟議をそのままワークフロー化することは困難です。

次に、電子承認・電子署名による脱ハンコはどうでしょう。日本では古来よりハンコが極めて重視されてきたため、「ハンコがあれば信頼できる」との社会通念があります。このため取引先への見積書や請求書には必ず捺印し、社内の合議・決済ですら押印している企業をよく見かけます。社内であれば先程のワークフローを適用することで電子承認ができます。ハンコの有効性は法的に認められているものの、ハンコがないと法的に無効であるというのは誤った認識です。PDF化したハンコのない文書でも、取引先の承諾を得ることで当事者間の合意があったと認められれば有効となります。電子署名を施した電子契約書は、作成効率を高めるだけでなく、文書管理コストを低減でき印紙税も不要です。ハンコを日常のビジネスで使っている国は日本だけのようです。最近、経団連会長が「ハンコはまったくナンセンスだと思う」と語ったようですが、日本企業に残る押印の慣行は根強いものがあります。

3つ目の社内文書のペーパーレスは言い古された取り組みです。明らかにペーパーレスが効率的だと分かっていても企業内では未だに多くの紙の書類が使われ、書庫に保管されています。多くのメーカーがISO認証取得時に紙ベースの運用で審査を受けたため、認証後も紙ベースでの運用に拘りがあるのも一因です。管理文書を折角電子化しても「原本は紙」との認識のままでは、いつまで経ってもペーパーレスは実現できません。また、日本では欧米のように「文章(document)」と「記録(records)」は区分けされていません。この区分けの概念が無いため、作成済み文書のペーパーレスは行われても、業務の中で「記録」を作成・保有・維持するライフサイクルでのペーパーレスには至っていません。

今回のコロナ禍で日本企業における「紙の書類とハンコに関わる仕事」の問題が改めて露呈しました。その問題を解決するICT活用を難しくするのが、稟議制度やハンコ文化、紙文化という日本特有の慣行や社会通念です。法制度やテクノロジーなどハード面に比べ、慣行や社会通念などのソフト面を変えるのは遥かに難しく、期間を要します。しかし、世の中は今まさにニューノーマルへの転換期です。これまでの当たり前を根こそぎ変化させていかなければ情勢に追いついていけません。長年の社内慣行や人の価値観、そして企業単独では難しい社会通念を変えることができる絶好のタイミングだと認識し、日本企業が抱えてきた根深い紙問題をこの機会に一気に解決していきたいものです。

2020年8月

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