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2019年12月01日

デジタル化とものづくり⑮
~エンジニアリングチェーンは宝の山~

ビジネスの一連のプロセスの中で、デジタル化の肝となるデータはどこで生まれるのでしょうか。製造業の場合は、主にサプライチェーンとエンジニアリングチェーンの2つのプロセスから生み出されます。今回はこれら2つのプロセスを対比しつつ、今後のエンジニアリングチェーンのあり方について考察します。

製造業の2つのプロセスと生み出されるデータ

図1:製造業の2つのプロセスと生み出されるデータ

サプライチェーンでは、受注、部材発注、生産指図、製造実績、検査、出荷といった、取引に端を発する「処理データ」がメインに生み出されます。一方のエンジニアリングチェーンで中心となるデータは、図面、仕様書、品目、部品表、工程といった製品とその製造方法を規定する「技術データ」です。このように2つのプロセスが生み出すデータはタイプが異なります。エンジニアリングチェーンからの「技術データ」は、サプライチェーンにとって「どのように製品を製造するか」を規定する重要な役割を果たします。新製品開発時だけでなく、様々な理由で頻繁に発生する設計変更の都度、「技術データ」はタイムリーに効率よくサプライチェーンに連携される必要があります。

サプライチェーンには、販売・生産を担う基幹システムやMES(製造実行システム)が既に整備されています。これらのシステムにおいて、「処理データ」は関連付けられ、構造化されたデータとしてデータベースに管理され、販売、購買、生産といった部門間を横断的に流れていきます。

一方、エンジニアリングチェーンでは、開発部門がCADやPDMを導入し、そこで図面や仕様書などの「技術データ」が作成、管理されています。この図面や仕様書データは電子化された線や文字ですが、システムが直接的に理解できない非構造データです。人が目で見て意味を理解することで、仕事を行うことができます。図面や仕様書は設計部門から生産技術部門や購買部門に渡されますが、これら後工程の部門では、人が目で見て必要な情報を取り出しています。エンジニアリングチェーンでは、このような仕事は長年疑問をもつことなく行われてきました。

CADやPDMなどのITツールは高度化し、普及度も高まっていますが、それらはまだ技術者個人の作業を支援するだけに留まっています。技術者個人が個別の開発案件ごとに過去の図面をもとに修正・検討し、関連部門と仕様を擦り合わせ、図面作成に多くの時間を要している、という仕事の仕方は本質的に変わっていません。エンジニアリングチェーンからサプライチェーンへの「技術データ」の連携も、人手に頼った輻輳した流れになっています。設計変更に追われて疲弊するという、労働集約的で属人的な仕事の仕方を続けているのが大半です。

エンジニアリングチェーンにおける、CADやPDMといったIT投資の範囲は、サプライチェーンにおける基幹システムへのIT投資に比べかなり狭いものです。基幹システムへの何億・何十億のIT投資額に比べ、エンジニアリングチェーンへのIT投資は1桁違います。これにはいくつかの理由が考えられます。まず、1つ目の理由は、サプライチェーンの基幹システムでは、生産や売上、在庫といった経営者の関心や課題に直結するテーマを扱うのに対し、エンジニアリングチェーンのIT投資のテーマは、経営者にとって分かり難いことです。2つ目の理由は、社内のIT投資の担当部門であるはずのシステム部門が、これまでエンジニアリングチェーンのシステムには、ほとんど関与してこなかったことです。システム部門はエンジニアリングチェーンのシステム化を開発部門に全てを任せてきたため、エンジニアリングチェーン全体を俯瞰したIT投資が疎かになってきました。3つ目の理由は、設計部門のマインドです。生産部門では基幹システムに加え、ロボットやAIまで、デジタル技術を自らの仕事にどう生かしていくべきか積極的に検討し、導入しようとしています。ところが、設計部門では設計業務そのもののシステム化やデジタル化のあり方を自ら模索しているケースは少ないようです。

製造業においては、ますます製品ライフサイクルが短くなり、少量多品種化、マスカスタマイゼーションが求められてきます。そのため、エンジニアリングチェーンが、属人的な仕事のままでは海外競合メーカーに太刀打ちできなくなるでしょう。技術者の本質的な知的作業を支援し、個人の知識・ノウハウを組織的に活用していく必要があります。最近では設計要件や制約などをパラメータとして入力すると、最適化技術の探求・シミュレーションにより、自動的にCAD図面を作成する「ジェネレーティブデザイン」技術も実用的になりつつあります。ものづくりは、その上流である企画・設計段階で、製品の品質・コストの8割が決まってしまいます。限られた期間と技術者体制であっても、デジタル化技術で品質やコストの作りこみに注力できるようになりつつあります。製品や製造の「技術データ」をそのまま後工程へ連携し、活用するシステムを導入する企業も最近増えています。また、どのメーカーにとっても、今後の収益の柱にしていきたいのが保守サービス事業です。予防保守や診断サービスなどを提供するIoTプラットフォームを構築していく際にも、エンジニアリングチェーン上の「技術データ」を、製品ライフサイクルを通して管理していくことが前提となります。

このようにエンジニアリングチェーンは、デジタル化の推進において大きなポテンシャルをもっています。日本のメーカーが、宝の山であるエンジニアリングチェーンのデジタル化を進めることで、大きな価値を創り出されることを期待します。

2019年12月

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