2026年06月01日
スポーツ界に見る「組織と個人」の関係性の変化
~人材を囲い込む時代の終焉~

いよいよ今月、サッカーのワールドカップが開幕します。日本代表の躍進に期待を膨らませている方も多いのではないでしょうか。そんな日本サッカー界のレジェンド、“カズ”こと三浦知良選手は、59歳となった今季も福島ユナイテッドFCで現役を続け、出場のたびにJリーグ最年長出場記録を更新しています。年齢を重ねてくると節目節目で現役引退という選択肢もあったはずですが、三浦選手は「サッカーが好き」という純粋な思いを貫いています。必要としてくれるクラブがある限り、周囲の声に左右されず現役を続ける。その姿勢は、多くの人に挑戦し続ける勇気を与えてくれています。
プロ野球界では“ノムさん”こと野村克也選手が「生涯一捕手」として45歳まで現役でプレーしました。戦後初の三冠王に輝き、南海時代には選手兼任監督を8年間も務めたスター選手ですが、退団後は一選手としてロッテ、西武と移籍。周囲の人間からは、この選択に好意的な評価ばかりではなく「晩節を汚すだけだ」という声もありましたが、「せっかく現役を続けられるチャンスがあるのに、それをしない理由はない。どんな状況、どんなチームであっても、必要とされる限り、一捕手としてその人生を全うしたい」と願っての現役続行だったそうです。
対照的なのが「世界のホームラン王」こと王貞治選手です。40歳での引退は決して早くはありませんが、現役最終年の1980年にも129試合に出場し、19年連続となる30本塁打を放っているのです。まだまだやれると思われる中での引退の理由を「口はばったい言い方だが、王貞治としてのバッティングができなくなったからです」と答えました。自分自身、そしてファンが抱く「王貞治」のイメージを壊したくないという「引き際の美学」がそこにはありました。
どちらが良いということではないのですが、一昔前までは王選手のような引き際が世間では潔いとされ、野村選手のようなタイプは「いつまでも現役にしがみついて」と思われる傾向が強かったように思います。もちろん、続けたくても雇ってくれる球団がなければプレーできませんので、本人の意思だけの問題ではありません。ただ、特に欧米に比べて日本は長年お世話になったチームの意向や周囲への配慮が、進退の決断に大きく影響していたのではないでしょうか。
しかし近年は、日本でも個人の気持ちを尊重する社会に変わってきて、それを周囲も認める傾向が強くなってきました。今季、共にチームの主軸として活躍していた巨人・岡本和真選手、ヤクルト・村上宗隆選手がそろってポスティング制度を利用してメジャー移籍しました。もし王選手や長嶋茂雄選手が巨人の中心選手で活躍していた時に同じようなことがあれば、ファンの反応はどうだったでしょうか。おそらく「裏切り者」呼ばわりされ、それを許した球団にも「なぜ認めるんだ!」と批判が殺到したことでしょう。しかし、岡本選手も村上選手もチームの大きな戦力ダウンになるにも関わらず、ファンも球団も温かく送り出しました。時代とともに、「組織と個人の関係性」も確実に変わってきているのです。
近年、企業においても「組織と個人の関係性」が見直されてきています。かつての日本では、長く同じ会社に勤め上げることが評価され、「会社に人生を預ける」という価値観が広く共有されていました。しかし現在、その前提は大きく変わりつつあります。特に若い世代では、同じ会社に残る理由が「恩義」ではなく、「成長機会」があるかどうかへと変化しています。つまり、「会社に人生を合わせる」のではなく、「人生に合う会社を選ぶ」という発想が強くなっているのです。
企業と社員の関係性も、「従属(帰属意識)」から「相互選択(エンゲージメント)」へと移行しています。言い換えれば、「辞めないこと」や「会社の意向に従うこと」が美徳とされた時代から、いまは「辞めても関係が続くこと」に価値を見出す時代へ変化しつつあります。
その象徴的な動きが「アルムナイ採用」です。かつては、一度辞めた社員は「去った人」、場合によっては「裏切り者」とさえ見なされていました。しかし現在では、外部で経験を積み、自社への理解も深い元社員が、即戦力として再評価され始めています。今後は、長期雇用を基本としながらも、転職や再入社を柔軟に受け入れる新たな雇用モデルへと変化していくと思われます。
もはや企業競争力は、何人を囲い込めるかではなく、社員・元社員・副業人材・外部専門家などを含めた「人的エコシステム」をいかに形成できるかによって左右される時代になりつつあります。まずは、社員を「辞めないよう縛る」のではなく、「ここにいたい」と思わせる組織づくりこそが、そのエコシステム形成の第一歩になるのではないでしょうか。
2026年6月
ライター

代表取締役社長
瀬川 文宏
2002年 SO本部システム技術部長、2008年 取締役、2015年 専務執行役員、2017年3月より専務取締役、2021年3月代表取締役社長に就任。現在に至る。
持ち前のガッツでチームを引っ張る元ラガーマン。
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