社長通信 社長・瀬川文宏が気になること、考えさせられたことを綴ります。

2022年06月01日

高校野球における「球数制限」と監督の重責
~将来を担う人材のストレッチとケア~

ホームベース

6月、早くも夏の甲子園に向けた地方大会がスタートします。3年生にとって最後の夏。どんな戦いを見せてくれるのか楽しみです。
その中で私が注目しているひとりの投手がいます。近江(滋賀)の山田陽翔(はると)投手(3年)です。春のセンバツでは京都国際の出場辞退により急きょ出場が決定。その3日後、長崎日大との1回戦で延長13回165球を投げると、5日後の2回戦・聖光学院戦は87球で完投。3日後の準々決勝・金光大阪戦も127球完投。迎えた2日後の準決勝・浦和学院戦では死球を受けた足を引きずりながらも延長11回170球を投げ抜きました。
甲子園大会では2020年春から1週間で500球という「球数制限」が設けられています。翌日の大阪桐蔭との決勝で山田投手が投げる場合、ルール上の球数制限は116球になりますが、それまでの11日間4試合では549球も投げていました。さすがに登板しないのではという声もある中、先発マウンドには山田投手が上がりましたが、結果は3回途中4失点。45球で自ら降板を申し出ました。死球を受けた時も、決勝戦の前も、本人の「大丈夫です。行けます」という言葉で投げさせた多賀章仁監督でしたが、試合後には「今日の先発はやはり回避すべきだった」と後悔を口にしました。

どんな職場でも優秀なメンバーに仕事が集中する傾向にあります。仕事ができる人は、仕事をするスピードが速いうえに精度も高いため、どうしても仕事の量が増えてしまいます。
加えて、そういう人材は責任感が強く、どんなに困難な問題でも、自身の力で何とかうまく解決しようと努力します。そして責任感の強さから周囲からの心配の声にも「大丈夫です」と言ってしまいがちです。周囲もまた今までの実績から「今回もきっと大丈夫」と思ってそれ以上気に留めないことが多くなります。
しかしながら、常に最高のパフォーマンスで活躍し続けることができるかというと、必ずしもそうではありません。ある日突然、心や身体を病んでしまい仕事ができなくなることがあります。それは人間の身体にも精神にも限界があるからだと思います。
前述のとおり優秀な人ほど難易度の高い仕事を次々とアサインされ続けるため、実は心や身体のストレスを解消する間もなく、次のストレスを抱えるという負の連鎖が常態化してしまい、限界を超えてしまうのです。

球数制限の議論が一気に白熱したのは、その前年の岩手大会決勝がきっかけでした。勝てば甲子園出場という大切な一戦で、大船渡の国保陽平監督がエース・佐々木朗希投手(現ロッテ)を登板させず、結果は大敗(大船渡2-12花巻東)。
佐々木投手は4回戦で12回194球投げ、中2日で迎えた準決勝でも129球投げ、翌日が決勝でした。「故障を防ぐために起用しませんでした」と説明した国保監督に「甲子園に行きたくないのか!」とヤジが飛び、学校にもクレームが殺到。警察まで出動する騒ぎとなりました。
高校球児の夢、それは「甲子園」。そのために選手は3年間、多くの犠牲を払って厳しい練習に耐え、身体を鍛え、技術を磨きます。厳しい練習を共に乗り越えたチームメートとの間には固い絆が出来上がります。そんな仲間の多くは高校で野球を終えます。たとえ怪我をしても最後までこの仲間と一緒に悔いなくプレーしたい気持ちも強いのではないでしょうか。
佐々木投手自身も試合後、しばらくの沈黙の後「投げたい気持ちはありました。でも監督の判断なので」と目を真っ赤にして言葉を絞り出しました。山田投手も佐々木投手も監督に聞かれれば「投げます」と必ず答えます。その時に投げさせるのか、投げさせないのかを判断するのが、一番近くでその選手を見続けている監督の重責なのです。

周囲から一目を置かれるような社員は、自らの成長にこだわり、自身の能力向上へ意欲的に取り組みます。また、上司もそんな社員に一層の成長を促すために、少し無理をしなければ届かない目標(ストレッチ)を意図的に課すことがあります。ただストレッチにより社員のモチベーションや能力が向上する一方で、懸命に仕事に取り組んでしまった結果、体調を崩してしまうなど不幸なケースも存在します。
将来を担う人材の育成に必要不可欠なストレッチには、上司がとても重要な役割を担います。まずは、日頃から各社員がどのような負荷に対してどの程度の耐性があるのかを、上司が理解しておく必要があります。また、上司が様々な形で頻繁にコミュニケーションをとり、注意深く見守り成長や能力を見極めながらフォローすることも重要です。そして何よりも大切なのは、上司とメンバーが遠慮なく意見を言い合える、そんな強い信頼関係を構築していることだと思います。

決勝で佐々木投手が投げたとしても勝てたとは限りません。故障につながるような負担もかからなかったかもしれません。結果は誰にも分かりませんが、プロ3年目の今季、完全試合達成など大活躍する佐々木投手を見ると、あの時の判断は正解だったのかもと思ってしまいます。
今はただ、近江の山田投手がこの夏、元気な姿をチームメートとともに見せてくれることを願ってやみません。

2022年6月

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