ものづくりコラム 設計、生産管理、原価管理などものづくりに関するトピックを毎月お届けします。

2017年11月01日

AIとものづくり⑨
AI実用化の光と影

新たなサービスやビジネスの創出、製造現場の労働力確保、付加価値生産性の向上、熟練者の技の継承など、日本の製造業は様々な問題を抱えています。これらの課題に対し、AI実用化による解決に大きな期待が寄せられています。しかし、AI実用化は光の部分だけでなく、当然影の部分もあります。本格的な実用段階に入っていく前に、下記のようなAI実用化に内在するリスクについても、一度しっかり検討しておく必要があります。

表.AI実用化に向けたリスク例
領域 リスク例
技術面 AIエンジン 思考プロセスが「ブラックボックス」で見えない
データ 学習データのノイズや偏向でAIの精度が歪む
ハード AIが消費する電力が桁違いに大きい
コントロール AIが人間の手を離れて人間に危害を与える
法律面 権利・保護 学習済モデルは知的財産制度で守られない
責任 瑕疵担保責任は問えない
ビジネス面 投資対効果 AI活用の投資対効果の最適性が示せない
競合 AIに必要な消費者に関するデータは寡占化されつつある
人材面 AI人材 深層学習やAI先端技術の専門家が不足している

これらのリスクの捉え方は企業により異なりますが、今回は共通性が高いと思われるリスクをいくつか取り上げ、その対策も含めて見ていくことにします。

■技術面のリスク:機械学習の「ブラックボックス」

AI技法の中でも多用されている機械学習では、AIがどのように学習し、どのように思考したのかは「ブラックボックス」で見えません。このため、その結果が適切かどうかの評価が難しく、もしAIの機能や性能に不具合があっても、筋道立てた対処ができません。今後ものづくりにおいてAIが主要な業務を担っていくことを考えると、AIの思考ロジックを見える化し、正しさを確認できることが望まれます。

AI専門家によっては「そもそも熟練者であっても、どのように結果を導き出したかを必ずしも明確に言えないのだから、AIも説明できる必要はない」という見方もあります。業務によっては人間の能力を超えるレベルまで賢くなったAIですが、学習データに不純物が含まれているだけで、人間であればありえない間違いを簡単に犯してしまう可能性があります。AIに任せる役割が重要になるほど、AIに対して信頼性や安心感が求められていくと想定されます。

このリスクに対する対策には、大きく2つの方法が考えられます。1つ目はAIと人間の協働です。AIが結果とその確信度を提示し、確信度が低ければ人間が追加情報で分析・判断する、またはAIが行う判断を人間が最終確認する、という方法。2つ目の方法は、AI自身が思考ロジックを説明できる技術です。まだ研究段階ですが、説明の技術は今後徐々に進歩していくと期待されます。

■法律面のリスク:学習済みモデルの保護

自社で作り上げた価値ある学習済みモデルは、独占的に使用できる知的財産として保護したいのですが、法律的にはそうはいかないようです。知的財産制度では、元のモデルと同一または類似している知的財産の利用を禁じ、知的財産を独占できます。機械学習では、学習済みモデルを新たなデータで学習させたとたん、元のモデルと関連性のない別モデルとなってしまいます。こうなると新学習済みモデルに元のモデルが使われていることを立証できないため、差し止めや賠償請求の権利行使は難しいようです。このリスクへの対策は、「営業秘密」としては、秘密管理性や非公開性を満たすことにより、代替策として法的保護を受けることができます。将来は電子透かしが付いた学習済みモデルや、再学習を不可能にする学習済みモデルなど技術的な保護対策も出てくるかもしれません。

■ビジネス面のリスク:AI構築の投資対効果

AIの試行を通してその有用性が見えてきたものの、次のAI実用化や展開を前にして、その投資対効果に疑問を抱き始めた企業も出てきています。実用化段階のAI構築には、これまで以上に様々なスキルをもつAI人材が必要となり、AI人材を育成・獲得し、学習データの準備や学習を行っていく時間とコストも膨らんでいきます。さらに、本格的なAIシステムになるとベンダー提供のAPIやAI基盤の利用料も高くなっていきます。数億円単位の投資となってしまうケースも珍しくありません。「膨らむ投資に見合う効果は見込めるのか?」「人を雇った方が安くつくのではないか?」といった疑問への答えが求められます。

AI実用化の投資対効果を高めるには、まず自社のAI実用化の目的・目標・範囲を、明確にすることが第一です。この検討を通して、投資対効果が見込める対象範囲への絞り込みやステップ化を行います。また、日本のメーカーは社内に多くの優秀な技術者を抱えており、技術者自身がAIスキルを身に着け、自分たちに最も合ったAIシステムを構築していくことで、投資対効果を高めることができると考えます。


今後日本のメーカーはAI実用化に向けた検討課題を明確にし、憶することなく、積極的に課題解決に立ち向かい、AI実用化による大きな成果を成し遂げるものと期待します。


2017年11月

ITの可能性が満載のメルマガを、お客様への想いと共にお届けします!

Kobelco Systems Letter を購読