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2017年07月01日

AIとものづくり⑤
AI能力を左右する「学習」

AI活用のステップは、下図のようにまず学習データを使って学習済みモデルが作られます。学習済みモデルとは学んだことが刷り込まれた脳内神経のようなもので、実データをこの学習済みモデルに適用することで、AIが推論してくれるのが一般的です。AIといっても様々な技法がありますが、最近よく話題となるAI事例では、機械学習や深層学習が使われています。機械学習では、学習データ量が多いほど、推論の精度が高まります。つまり、AIも人間同様、教育することで賢くなり、いろいろな教材で教育すれば、その分賢くなっていきます。有名なアルファ碁は、まずアマチュアの棋譜3,000万で囲碁を学び、さらにプロ棋士の膨大な棋譜を学習することで徐々にレベルを高めていったと言われています。一方、あまりに多過ぎる教材を与えても、教育にはマイナス効果となるのも人間に似ています。今回は学習データの観点から、ものづくりの各分野におけるAI活用を考察してみます。

AI活用のステップ
図.AI活用のステップ

まず、製造現場におけるAI活用例として、組立・加工・搬送・塗装を自動化するAI搭載の産業ロボットが挙げられます。産業ロボットの学習データには、製造工程の画像データや測定データを使うことができます。箱にバラバラに入っている部品を取り出すロボットの例を見てみましょう。学習する前、このロボットが部品をうまく掴む確率は50%程度でした。しかし、5,000件の3D画像データで学習した結果、成功率は90%まで高まったそうです。

製造現場のAI活用には、他にも品質や不具合監視の自動化、設備の予防保全があります。これらのAI活用に対する学習データには、検査工程で蓄積されたセンサーデータや測定データ、製造設備から生じる稼働データや振動・温湿度の環境データが使われます。このように製造現場は元々、日々刻々と学習データが発生し、必要に応じて新たな学習データも容易に取れる環境です。

次に、開発・設計のAI活用例には、既存設計をうまく流用するAI設計支援があります。最近は金属やゴムなどの素材メーカーが、新素材を開発する際にもAIが活用されています。開発現場にある設計データや実験データ、測定データが学習に使えますが、製造現場に比べるとデータ量が少なく、データの標準化も進んでいません。開発・設計におけるAI活用を進めていくには、まず学習データを拡充していくことが条件となります。学習データが十分揃えられない場合、学習データの代わりに熟練者の知見や経験則を基に事前学習モデルを作成し、それをベースに限られた学習データで学習することでレベルアップしていくアプローチもあります。

また、保守・サービス分野では、これまではAI活用に必要な学習データ量が限られていました。そもそも稼働データは社外の製品納入先に存在し、しかもまれにしか異常が発生しないため、学習データ量は不十分な状態でした。しかし、最近のコラムで紹介したAI家電やGE社の産業機器のように、お客様現場に設置された製品の稼働データや異常データがインターネットから収集できるようになってきました。これによって、保守・サービスのAI活用に必要な学習データが利用可能となるだけでなく、製品の最適利用提案などAIを活用した新たなサービスも出てきました。

日本の製造業では、ものづくりへのAI活用の取り組みはまだ初期の段階にあり、先行する欧米の競合メーカーに早く追いつき追い越していくことが必要です。この取組みを加速していくには、AI活用の肝となる学習データの準備・蓄積を各企業が個別に行うのではなく、企業間で融通できる仕組の整備が求められます。これに対し、企業間での学習データ取引所を設立しようとする動きや、識者から「日本に学習工場を作るべき」との提言もされており、これらの実現を急ぐ必要があります。さらに、学習データを本格的に流通させる際にはルールの明確化も必要となるでしょう。例えば家電製品からの収集データには利用者の外出時間や帰宅時間、視聴番組なども含まれる可能性があり、個人情報保護の面で注意が必要です。また、産業機器から得られるデータのオーナーシップを明確にしていく必要もありそうです。これらの仕組みやルール整備を行うことで、AI活用やプラットフォーム構築が促進され、日本メーカーの競争力アップにつながっていくことを期待します。


2017年7月

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