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2017年06月01日

AIとものづくり④
社会インフラの安全を支えるAI

「製品そのもの」へのAI活用例として、前回は一般家庭向け家電の事例を取り上げました。今回は産業機器へのAI活用例として、世界最強の産業機器メーカーであるGE社の事例を見ることにします。

以前も当コラムで紹介したように(2015年10月号参照)、GE社は、ジェットエンジンや発電機器、送配電網、ガスタービンなど社会インフラを支える製品のメーカーであり、その故障予測、稼働率の最大化、運用効率の最適化を行う「インダストリアル・インターネット」サービスを提供しています。このサービスは、産業機器に組み込んだセンサーからインターネットでデータを収集し、これを分析することで産業機器の運用の効率化や最適化を行います。

交通やエネルギーなど社会インフラに対するサービスは、当然極めて高いレベルが求められます。例えば、ジェットエンジンの故障予測の精度は、運航の安全性やスケジュール・キープに直結します。一方で、エンジンのメンテナンスを1回行うと数千万円、エンジンンを取り換えるとなると数十億円規模の費用が掛かり、もし故障予測が誤っていれば大きな損失となってしまいます。契約先企業は安全性と同時にコスト削減や収益拡大も求めます。特定路線のフライトが過剰燃料を搭載していることが分かれば、燃料搭載量を減らすことができます。平均的に営業費用の20%以上を占める燃料費コストの削減は大きな効果があります。さらに、搭載燃料が減れば、その分乗客が搭乗でき、貨物も増やせるため収益拡大も可能となります。

このように高いサービスレベルが求められる「インダストリアル・インターネット」のプラットフォームとなるのがGE社が開発したPredixです。そしてこのPredixを構成するソフトウエア群の中でキラー・アプリケーションと目されるのが、「デジタル・ツイン」です(下図参照)。「デジタル・ツイン」とは、契約先企業に設置された実際の産業機器の双子のように、Predix上にバーチャルに再現されたデジタル版機器モデルのことです。「デジタル・ツイン」では、産業機器に組み込まれたセンサーから送られてくる環境データや稼働データを使って、エンジニアリング・シミュレーションによる分析と機械学習による分析が両方行われます。このようにハイブリッドな分析を行うのは、現場の産業機器の故障予測の精度を高めるためです。また、「デジタル・ツイン」は、産業機器ごとのデータを基に常に更新されていきます。例えば、洋上飛行により塩分の影響を受けたエンジンと砂漠上空の飛行により砂塵の影響を受けたエンジンではその特性は異なります。「デジタル・ツイン」では、産業機器ごとの変化を継続的に反映していくことで、故障予測の精度を高めています。

Predix上のデジタル・ツインのイメージ
図.Predix上のデジタル・ツインのイメージ
(GE社HP資料等を参考に筆者作成)

「デジタル・ツイン」で使われている機械学習を中心としたAI技術は、ECサイトのリコメンデーションの原理とよく似ています。ECサイトのリコメンデーションでは、利用者の過去の検索履歴や購買履歴、利用者属性、そして購入商品間の相関関係などのデータを分析し、利用者が次に購入する可能性が最も高そうな商品を薦めます。Predixの故障予測も同様に、機器から送られてくるデータが、これまでの機器故障パターンにマッチするか否かを分析します。ただし、求められる精度は、ECサイトのリコメンデーションとはまったく異なります。Predixでは、予測精度を高めるために、機械学習のアルゴリズムを色々変え、産業機器ごとに1000種類近いモデルを作っています。さらに条件が変わるとそのモデルも随時見直していくなど、さまざまなAI技術を駆使しながら、予測精度を高めています。

産業機器のデータ分析は、対象データの量や複雑性の観点からも難度の高いものとなります。例えば、フライト中の航空機からは、風速、気温、機体の重量、最大推進力といった幅広いデータがリアルタイムで送られ、その量は1フライトにつき1テラバイトにもなります。さらに、産業機器内のある部品で何らかのイベントが発生すると、そのイベントに影響を及ぼす可能性のある膨大な数の部品をすべて探し出し、それらの部品に関連するデータを瞬時に集めてくる必要があります。このようにデータを効率よく分類し、関連づけるために、Predixでは一般的なリレーショナルデータベースではなく、階層構造やメッシュ構造の高速データ処理が得意なグラフデータベースを採用しています。

また、昨年GE社は天体観測データの分析に優れた機械学習技術をもつ企業を買収しました。これは、今後さらに増え続けるビッグデータを一層効率よく、高度に分析できるように、機械学習能力を強化していくためと想定できます。

このようにGE社は、産業機器へのAI活用により、社会インフラの安全確保と効率的運用サービスという新たなビジネスモデルの創出に成功しています。日本の製造業におけるIoTやAI活用に関する調査では、新たなサービスやビジネスモデル創出の取り組みはまだまだ少ないようです。今後日本メーカーがAI活用を進める際に、GE社のアプローチは大いに参考になると思います。


2017年6月

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