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2017年01月01日

ビジネスモデルを変える⑬
影の巨大メーカーEMS

今回はものづくりに特化した受託サービスを行うEMS企業について考察します。EMSとは「Electric Manufacturing Service」の略語で、電子機器の受託生産サービスを意味します。最近、日本メーカーへの資本提携で新聞紙上を賑わした台湾の鴻海精密工業社は、世界最大のEMS企業です。EMS企業は、お客様に独自ブランドの製品を提供するメーカーではなく、メーカーに代わって製造する、お客様からは見えない「影のメーカー」です。

以前のコラムで、メーカーのバリューチェーンとして、垂直統合と水平分散の2種類を紹介しました*1)。垂直統合は、製品提供するための機能をすべて自社で行い、水平分散は複数の企業が開発・設計・部品製造・組立などの機能ごとに得意分野を受け持ちます。特に家電やスマホ、パソコン、車載端末などの電子機器の水平分散のバリューチェーンにおいて、製造を中心とした機能受け持つ企業がEMSです。

電子機器業界では製品のモデルチェンジが早く、数か月サイクルも珍しくありません。また、その需要も大きく振れるのが一般的です。このため電子機器メーカーは、新モデル用製造ラインの迅速な立上げや需要変動に応じた生産量調整が大きな課題となります。さらに、製品ラインアップ拡充やコスト競争力を高めるための生産能力アップの設備投資は大きな財務負担であり、株主からは極力少ない資産で利益を上げることを求められます。電子機器メーカーの宿命といえるこれらの課題を解消してくれるのが、EMS企業です。

EMS業界の売上ランキング上位には台湾や北米の企業が名を連ねています。彼らは身軽になりたい大手電子機器メーカーから、次々と工場や製造要員、生産技術を自社にそのまま取り込むことで、ものづくりの規模と技術を拡充してきました。一旦EMS企業の工場になると、多数のメーカーの様々な製品を製造することができ、生産量が増えることで、工場の稼働率が高まり、部品も安く大量購入できます。さらに、委託する企業や製品が多様化することにより、全体としての需要は平準化されます(図参照)。このようにEMSは、規模拡大によりスケールメリットを、委託元を多様化することでスコープメリットを出していくビジネスモデルです。

EMS企業のお陰で、アップル社などのIT企業はハードの製造に必要な技術や設備を持つことなくソフトに専念でき、電子機器メーカーは市場の需要変動や景気に応じた製品供給が可能となります。急激に需要が変動した場合でも、EMS企業なら、わずか数日で別の生産拠点に製造を移管し、増産で乗り切るというような離れ業を繰り出すことも出来ます。電子機器メーカーはタイムリーに売れ筋製品を市場投入でき、それによってEMS企業自身も成長できるという、双方がWin-Winの関係となっています。グローバルのEMS業界の最近の売上は50兆円を超え、業界最強の鴻海精密工業社の売上は、トヨタ社以外のどの日本メーカーより上回っています。

製品の多様化による需要平準化
図.製品の多様化による需要平準化

こう見てくると、「ものづくりが得意な日本の製造業から、なぜ巨大EMS企業が生まれなかったのか」が疑問となります。推定理由として、大規模EMS企業が出現し始めた2000年前後では、日本の電子機器メーカーはEMSの必要性や価値をそれほど大きなものと認識していなかったと考えられます。日本のメーカーは、技術流出や雇用削減につながることを恐れ、製造の外部委託に消極的でした。海外メーカーと異なり、設備投資はメインバンクからの借入に頼り、株式も企業間で持ち合うことができました。また、多くの日本のメーカーは密接な関係の下請け企業を抱えていたことも、契約ベースのドライなEMS企業の活用を阻害したと考えられます。

この十年間でグローバル電子機器業界における価格やスピード競争は一層激しくなり、日本の電子機器メーカーもEMS企業の活用は当たり前になってきています。垂直統合のビジネスモデルを貫いてきたメーカーが、EMS企業のように他社製品の製造を受託するハイブリッド型のビジネスモデルも現れてきています。これからは、Indutrie4.0など第4次産業革命が本格化し、メーカー間での水平分業は一層加速していくでしょう。グローバルで存在感のある、日本のものづくり力を活かしたEMS企業や、企業間協業によるコトづくりに秀でた日本メーカーが次々現れることを期待します。


*1)「バリューチェーンと価値提供(2) ~垂直統合か、水平分業か?~」(2013年9月)
https://www.kobelcosys.co.jp/column/monozukuri/303/


2017年1月

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