社長通信 社長・瀬川文宏が気になること、考えさせられたことを綴ります。

2023年03月01日

「燃える闘魂」アントニオ猪木さんを偲んで
~ストーリーテリングの力と落とし穴~

水仙

2022年10月1日、「燃える闘魂」アントニオ猪木さんが亡くなりました。79歳でした。猪木さんが設立した新日本プロレスでは、1月4日の東京ドーム大会を「アントニオ猪木追悼大会」として開催。約2万6000人の観客が、猪木さんに捧げる「1、2、3、ダー!」で拳を突き上げて大会を締めくくりました。

ブラジルに移住していた猪木さんは、力道山にスカウトされて1960年に日本プロレスに入団しました。同日デビューをはたした元プロ野球選手のジャイアント馬場さんには最初からスター候補として英才教育が施される一方で、猪木さんは厳しい下積みの修行生活を過ごしたと言われています。そして1972年に新日本プロレスを旗揚げし、同年旗揚げした馬場さん率いる全日本プロレスとともにプロレス黄金時代を築きました。その後、長期にわたる2人のライバルストーリーは昭和のプロレスの歴史そのものと言えるでしょう。

そんな黄金時代においても「プロレス八百長論」は根強くあり、プロレスは大衆の支持を得ることができませんでした。しかしながら、三沢光晴選手(元タイガーマスク)が試合中のバックドロップによる頸髄(けいずい)離断で亡くなるなど、レスラーたちは選手生命を脅かすギリギリのところで戦っていることも事実です。
猪木さんは、そんなプロレスの社会的な地位を高めるために、空手やボクシングなど他の格闘技の王者たちとの異種格闘技戦に乗り出します。中でも当時WBA・WBC統一世界ヘビー級チャンピオンだったモハメド・アリとの試合は実現不可能と言われながら、多くの問題を粘り強い交渉と相手の要求を全て飲むことで実現。「世紀の一戦」として世界各国で中継されました。

ビジネスの世界では以前から顧客のロイヤルティを高めるために、自分のビジネスを「物語」を通して表現するストーリーテリングが非常に有効であると言われています。ストーリーテリングはビジネスだけでなく「物語」によって相手を惹きつけ、共感を生み出し、人を動かす技法として映画や小説など様々なジャンルで幅広く使われています。
猪木さんをカリスマ的存在にしたのも、自身を取り巻いてきた「物語」だったのだと思います。例えば、ストーリーテリングでは「弱者が強者に打ち勝つため努力し困難を乗り越えていく」物語(チャレンジプロット)が、幅広い層から共感を得るために使われます。猪木さんの場合、馬場さんに対する「エリートへの反骨」や、「猪木は箒(ほうき)を相手にでも名勝負を演ずることが出来る」と言われた能力を駆使して、当時無名だった外国人レスラーを強敵に仕立て上げた対決などはこのパターンに当てはまります。
また、顧客に憧れを抱かせる「既存の常識を覆し社会に新たな基準を打ち立てる」物語(クリエイティビティプロット)には、「大物日本人対決」や異種格闘技戦での「プロレスからの越境」などが当てはまります。「リングでただ相手に勝つだけではなく、リングの上に一つの男のドラマを創造してみせたい」と自身で述べているように、猪木さんはファンを夢中にさせてしまう極上の「物語」を作り上げてきました。

そんな物語を通して、猪木さんに惹かれ共感し感情移入した「猪木信者」と呼ばれる熱狂的なファンも大勢現れました。冒頭の「1、2、3、ダー!」や「元気ですかー!元気があれば何でもできる!」などは猪木さんの現役時代を知らない若い世代でも知っている国民的フレーズとなりました。ほかにも「闘魂注入」のビンタなどのパフォーマンスでプロレスファン以外の人気も集めましたが、一方で新日本プロレスの業績は徐々に悪化していきます。

このピンチを救ったのが、2012年に新日本プロレスを傘下に入れたブシロードの木谷高明社長でした。木谷氏は当時「すべてのジャンルはマニアが潰す」と発言して話題になりました。一部の熱狂的なファンの要望を受け入れ続けると、新規顧客が入りづらくなり、その結果ジャンルは衰退してしまう、という指摘です。

熱心なファンからの反発を予想しながらも、まずはコアとなる顧客の再設定を進めました。とかく企業はコアに絞ってマーケティングをしがちですが、現在のコアになっている顧客が将来的にもそうであるかは別問題なのです。
当時の新日本プロレスのファン層は、熱狂的な「猪木信者」を筆頭に40代から50代の男性でした。そこで木谷氏は女性と子供に注目しました。女性は選手のビジュアルやキャラを重視する傾向があり、また子供は正義の味方・ヒーローに憧れ、それをレスラーに求めます。そんな多様なファンの要求に応えるため、幅広く選手をそろえ、今までと異なった試合展開を見せていったのです。成果も徐々に現れ、試合会場には以前は1割いたかどうかの女性が4割近くにまで増え、20代、30代の若い男女や親に連れられた子供の姿が多く見られるようになりました。結果、経営はV字回復。売上高も過去最高を更新しました。

熱狂的ファンすなわちロイヤルティの高い常連客を増やすことは、業界を問わず安定的な経営にはとても重要なことですが、気をつけなければならないのは新規顧客とのバランスです。常連客の嗜好ばかりを気にしすぎてしまうと、世の中の動きについて行けず、知らないうちに衰退への道を歩んでいくかもしれません。コアとなる顧客を再設定する勇気と判断、これもまた経営者にとって必要なものではないでしょうか。

新聞のスポーツ欄にも掲載されない「プロレス」という特別な世界に存在したスーパースターを偲んで・・・。

2023年3月

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