ものづくりコラム 設計、生産管理、原価管理などものづくりに関するトピックを毎月お届けします。

2009年08月01日

原価管理よもやま話⑥
企業経営に寄与する原価管理とは

  1. 経営環境の変化と対応

    世界的な不況の中で急激な需要の下落、価値観の多様化、製品ライフサイクルの短縮化、競争の激化、顧客ニーズの変化等の厳しい経営環境が続いています。そのような環境の中でも収益を上げ、永続的な発展を持続するために、いかにすべきかが大きな課題です。
    その対応としては売価・原価を管理しながら顧客の求めている価格・機能を実現するため厳しい原価管理をし、売価を下げ、原価を下げ、なおかつ、利益を上げる手法が原価企画なのです。
    この原価企画は総合的原価削減を意図した原価管理の手法で、最近、製造業の利益拡大に大きく寄与する手法として採用されています。 以下、原価企画について説明します。

  2. 沿革と背景

    原価企画(Target Costing)は日本が独自に開発した管理会計の手法でオイルショック以降(第一次1973、第二次1978)価値観の多様化、製品ライフサイクルの短縮化、競争激化で、大きな影響を受けた自動車・家電製品産業等の組立産業の企業で急速に普及してきました。
    この様な経営環境において、組立産業の企業では量産前の研究開発、製品企画、設計の段階で「仕様、原価」が決定されているため、後日、製造段階での大幅な原価削減は期待できません。
    原価企画の推進としては、開発・企画・設計・購買・生産・物流・販売等の各部門の英知を集約するため、横断的に委員を選出し、委員会を設置して、実施します。
    オイルショック以前は生産すれば売れる時代で少品種多量生産の企業が多く、企画・設計の機能の重要性が低く、製造段階での原価削減活動が中心に展開されていました。
    オイルショック以後は多品種少量生産に移行する傾向があり、製造過程が中心の管理では効果が薄く、最近の製造業は製品の企画・設計段階で「原価・機能・品質」を作り、売価、原価、利益を決定する傾向があります。

  3. 原価企画とは

    製品の企画・設計の段階で顧客ニーズに合った「原価・機能・品質」を設定し、この目標中心に販売、購買、技術、生産、物流、開発、経理等製造業の関連部門が英知を結集して、総合的原価削減を図る原価管理の手法です。

  4. 原価企画の特徴
    1. 原価企画は主として企画・設計の段階において原価削減活動を行います。
      (従来の原価計算は製造過程を中心に原価削減活動をしていました)
    2. 原価企画は原価計算及び原価低減の管理手法です。
    3. 原価企画は繰返し生産を前提とする生産形態よりも多品種少量生産を前提とした生産形態に適しているといわれています。
    4. 原価企画は設計仕様や生産技術の決定を管理する手法であるため、エンジニアリング的なアプローチが中心となります。
    5. 原価企画では企画管理部門がコーディネーターとして、販売、購買、技術、生産、物流等の協力体制を仕組み、統合生産システムと原価企画の融合を図ります。
  5. 製品別の原価管理体系と原価企画

    原価企画は新製品開発のために検討された結果に従い原価改善、原価維持の活動を実施します。

    1. 革新、改善、維持

      企業経営として、革新、改善、維持という主な機能を実施することが期待されています。革新とは新技術や設備投資の結果、もたらされるダイナミックな変革をする活動です。
      改善とは現状の問題点を抽出し、その原因を解析し、対応策をたて、実施する活動です。
      維持とは現在の技術、経営及び業務上の標準を維持する活動です。

    2. 原価企画と原価改善、原価維持との関係

      原価企画、原価改善、原価維持の管理会計体系は製品別の革新、改善、維持の活動を実現するための新しい原価管理体系として位置づけられます。原価企画は製品の企画・設計段階における原価低減と利益管理のツールです。原価企画との関係において、原価改善と原価維持は次のように位置づけられます。

      • 原価企画と原価改善との関係

        原価改善とは既存製品の製造、販売段階で行われる原価低減活動のことです。
        製品別の原価低減活動として既存製品の不採算製品の改善・中止の検討、新製品の原価低減活動を通じて、工数低減及び資源使用量の低減を図っていきます。
        他方、費目別には省力化、省資源、省エネの諸活動が行われ、人員節減等のムダの排除が徹底的に行われます。
        原価改善を進めていくためには部品、製品の標準化、標準化を図り、購入品の価格・機能を徹底チェックし、設備、間接部門の効率化を図る必要があります。
        下記の図はある企業における原価企画活動と原価改善活動の関係図です。
        原価企画活動と原価改善活動の関連図

      • 原価推持

        原価維持とは現在の技術、経営及び業務上の標準原価を維持する活動のことを言います。
        具体的には製品原価を構成する原価要素と数量要素について標準値を決め、この標準値からかけ離れないように管理することです。 新製品の場合、当初に原価企画で決められた目標原価を実現することが原価維持となります。
        また、既存製品の製造段階における原価管理として標準原価計算システムがあり、このシステムの実際原価と標準原価の乖離を解析、アクションをとり、目的達成の努力をして、これを維持する業務の管理のことです。

  6. 原価企画の推進方法

    原価企画は製品の開発・設計段階から全社の総力をあげ、組織的な活動を実施して、競争力のある製品を開発し、新製品の目標値を設置し、原価企画の各ステップにおけるフォローを確実に行っていく体制が必要です。

    1. 原価企画のステップ

      開発から設計を経て量産に移行するまでには企業によって様々なやり方が実施されています。ある製造業が採用しているやり方は、次の通りです。
      新製品を企画する段階で中長期経営計画との関係から、開発費、設備投資計画、要員計画の大枠が決定されます。製品開発の段階では品質と原価を勘案して、競争力のある製品を開発していきます。製品開発委員会では開発室長を中心に、商品企画、開発・設計、製造・技術、購買、物流等各機能代表の参加により検討が実施されます。O次原価企画委員会では原価企画チームを編成し、目標利益・目標原価等の設定が行われます。製品開発のプロセスを第1次、第2次、第3次と進めていく毎に進捗状況を原価企画委員会でレビューされます。
      原価企画委員会では開発の流れのステップで活動状況が報告され、今後の課題点を検討し、対策をたて、実行されます。
      以上、下記の図はある企業における原価企画のステップとその内容です。

      ある企業における原価企画のステップとその内容

    2. 中長期経営計画の原価企画への統合

      企業の業績は外部・内部の環境の変化によって多大な影響を受けるので、経営戦略と密接な関連ある中長期経営計画が大変重要です。 原価企画は経営戦略を中期経営計画に統合するための仕組みを提供し、両者の融合を図ることが原価企画を成功させる最も重要な条件です。

    3. 原価企画の担当組織

      原価企画を担当する特別の組織としては原価企画部の他、経営企画室等の名称が用いられています。
      原価企画を成功させるためには、縦の職能別ではなく、諸職能(開発企画、設計、製造、販売、経理等)を横に結合した組織として製品別にプロジェクトチームを編成し、運用されるのが最適と思います。
      その際の原価企画全体の調整はプロダクト・マネジャー(PM)によって行われます。

      原価企画担当組織の例

      注:バリュー・エンジニアリング(Value Engineering)
      価値分析の1つ。製品やサービスの「価値」を、それに対して利用者が求める機能とコストの関係で分析した後、機能向上やコスト減などによって「価値」を高める手法です。デジタルカメラを購入する時、どんな点に注意しますか。画素数や携帯性や液晶サイズやレンズ倍率などいくつかの機能に関して「これは欲しい」というものを決めて優先順位をつけ、価格とのバランスで選ぶ人が多いのではないでしょうか。このように、ある商品に対して利用者が感じる価値は様々です。しかし、売れる商品を作るためにはターゲット層が重視する価値をきちんと分析し、調達や製造や物流などにかかるコストとの最適なバランスを見極めることが大切です。こうした見極めに実績がある手法が「バリュー・エンジニアリング(VE)」です。
      VEは、1947年に米ゼネラル・エレクトリックのローレンス・D・マイルズ購買部長が開発し、60年頃から日本企業も導入し始めました。当時は製造業の資材の購買部門に導入されました。今では企画や設計、製造、間接部門などコストが発生するあらゆる業務で、製品やサービスの開発、業務改善などに使われています。 「日経情報ストラテジーの知っておきたいIT経営用語より 」

    4. 目標原価の設定方法

      目標原価の設定方法には一般的な方法として積上法、割付法及び統合法があります。

      • 積上法

        現状の技術レベル、製造設備、納期、生産量等を考慮して、自社の技術レベルに基いて目標原価を設定する方法です。この方法では技術者が既存製品の原価をベースとして、新規に追加される機能に必要な原価を追加し、また、削減できる原価を控除して、新製品の原価をボトム・アップ的に積み上げて計算します。
        この方法の目標原価は次のような方式になります。

        積上法による目標原価設定

        この方法では技術者の観点が多く取り入れられ、技術志向の原価企画になっています。
        この方法では総合的な利益管理の手段として原価企画の機能が活用がされていない。

      • 割付法

        競合製品の販売価格を参考にして、この製品で一定の利益を確保するために必要となる目標原価を設定する方法です。原価企画を中期計画と連動させて、利益計画から導かれた目標利益との関係で、目標原価がトップ・ダウン的に割り付けられます。
        目標利益を目標販売価格から控除して目標原価を導くことから控除法ともいわれています。
        割付法は現在でも多くの企業によって採用されつつあります。
        この方法の目標原価は次のような方式になります。

        割付法による目標原価設定

        割付法による時、市場の動向とトップの意向を反映した市場志向性の強い原価で原価企画として設定されているため目標利益の達成可能性が高くなります。
        その反面、技術者の視点が目標原価に反映することが十分できていません。
        この方法は製造が開始される前に原価削減が織り込まれ済みとなっているため、非常に厳しい原価引下げをしないと目標原価を達成しないので、技術者の疲労が拡大する傾向があります。いわゆる、しわ寄せはすべて技術者に集まります。 

      • 統合法

        実現性を重視した技術上の要請と、利益計画との関連性を重視した経営上の要請を統合した方法です。
        この方法による時は技術者によって積み上げられた成行原価と、予定販売価格から目標利益を控除することによって導かれた許容原価とを擦り合わせ、VEの活用によって原価低減活動を行い目標原価を設定する方法です、目標原価は次のような方式で決められます。

        統合法による目標原価設定

        統合法では目標原価は許容原価と成行原価(見積原価)とのギャップを埋めるように設定し、進めて行きます。

        すなわち、許容原価はトップ・マネジメントの要望ですから、達成困難な目標になりがちです。
        他方、成行原価にはいまだ、当期の目標値が入っていない現行原価であります。
        そこで、0次原価企画委員会において、成行原価を可能な限り許容原価に近づけるように、目標原価を設定します。
        企業によっては目標原価を相当高いレベルのチャレンジ目標とするため許容原価イコール目標原価とするところもありますが、目標原価は高レベルであっても達成可能な努力目標として設定すべきと思います。
        このように、目標原価は経営戦略にもとづく中期計画から導かれた利益計画を基盤として、技術計画で導かれた成行原価とチェックしながら設定し、原価目標を考慮し、達成可能なチャレンジ目標として製品単位当りで設定されます。
        設定された目標原価はトップマネジメントの承認を得て初めて公認されます。

    5. 目標原価達成のポイント
      1. 原価企画では設定した目標原価を量産までに達成します。
      2. 新製品が量産に移行した段階で原価企画は終了します。
      3. 目標原価の達成が期待されている量産の段階で、企画された目標が計画どおり進行してるかどうかを分析するため、立ち上がりから一定期間(約1年)経過した後でフォローアップが行われます。
      4. 原価低減の成果が測定・分析され、是正措置がとられます。
      5. 分析結果は次の原価低減活動にフィードバックされます。

  7. 原価企画で、目標原価とのギャップを埋めるために必要なツール

    原価企画の活動は許容原価、成行原価のギャップを埋めていくために必要なツールとして下記のような活動があります。

    1. 目標未達成要因を取り除くチェックとアクション

      目標が未達成の要因をチェックして、改善・処置を決め、目標達成できるアクションプランを立案、原価改善活動の実施、チェックします。

    2. 製品の付加価値を高めるVD(Value Design)
      • 対象の選定
        商品企画・コンセプトの実現を目指し、顧客・競争相手により開発テーマを決定します。
      • 目的情報の収集
        対象の機能、デザイン、価値、テスト等の必要な情報を収集します。
      • 機能のデザイン、価値、テスト等を具体化し、仕様を決定します。
    3. 最適仕様を探すオフライン品質管理
      • システム設計後、オフライン品質管理で品質とコストを検討し、構成部品の最適化を決定します。
    4. 図面や仕様書の問題を解決するデザインレビュー
      • デザインレビューとは開発設計段階で問題を未然に防ぐ仕組として、レビューします。
      • 図面や仕様書の内容を、第三者が客観的にチェックし、問題点をつぶし、設計品質や製造原価を保証します。
    5. 先進企業の製品を学ぶTD(Tear Down)
      • TDとはライバル製品を分解して、改善・改良すべき事項を明確にします。
    6. 標準化・共通化を進めるVR(Variety Reduction)
      • 多品種少量生産で増加する材料や部品の種類と点数をVRで削減します
      • 種類の削減、標準化・共通化の委員会を結成し、削減を推進します。
      • VR効果を算定します。
    7. 見積の無駄を発見するPACSの活用
      • PACS(Purchasing Appraisal Cost Standard)とはPACS(購入価格評価基準)に標準的な原価価値を算定し、購入先から提示された見積内容を公平にチェックして適正な購入価格を算定できる仕組みです。

  8. 原価企画の課題
    1. 海外への原価企画の移転
      • 欧米企業では販売価格は、原価と一定の利益を加算して決めている傾向が多いです。
      • 経営組織は縦組織として形成しているので、部門間協調は難しいケースが多いです。
      • 欧米ではVEの実施には技術者と現場作業員との身分格差が激しく、継続的な改善努力は望めません。
    2. 原価企画と人間らしさの充足
      • 目標原価を厳しく設定し、さらにそれを必達目標のために従業員の疲労が増大しています。
      • 職場の人間性の回復のための諸方策が必要です。
    3. 原価改善、原価維持の研究促進
      • 原価低減の効果を上げるには原価改善、有効活用が前提となります。

参考資料:
1. 管理会計  桜井 道晴著 同文館出版(株)
2. 図解 よくわかるこれからの原価企画 坂田 慎一著 同文館出版(株)

2009年9月

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