社長通信 社長・瀬川文宏が気になること、考えさせられたことを綴ります。

2025年05月01日

浦和実業高校の快進撃と「慣れ」の怖さ
~「普段とは違う」状況への対応力~

浦和実業高校の快進撃と「慣れ」の怖さ今春のセンバツ高校野球2025は、横浜高校が19年ぶり4度目の優勝を果たしました。新チームになってから昨秋の明治神宮大会を含めて公式戦20連勝でのV。一方、大会前はさほど注目されていなかったにもかかわらず、ベスト4まで勝ち上がったのが春夏通じて初出場の浦和実業高校です。立役者は何といってもエース左腕の石戸颯汰投手ですが、これまでの高校野球の常識を覆すような、その投球が話題となりました。
右足を胸に付くぐらい高く上げてから上体を一度折り曲げ、再び起こして左腕を真上から曲げ下ろす変則フォーム。野球評論家の鹿取義隆氏が「ここまでの変則フォームはプロでもいない」と評した異色の投手で、ストレートの球速は120km台ながら、甲子園の並み居る強打者を次々と打ち取っていきました。
1回戦では昨秋の近畿大会で大阪桐蔭高校の最速151km右腕を打ち崩してきた滋賀学園高校の強打線を6安打完封。決して速くない直球に打者は差し込まれ、凡打の山を築きました。2回戦でもリリーフで5回を3安打無失点。準々決勝もリリーフで4回を1安打無失点と、18回投げて無失点のまま準決勝まで進出したのです。
滋賀学園ナインは対戦が決まった後に石戸投手に似た投げ方の左腕を打つ練習をしてきましたが、実際に打席に立つと印象はまるで違い「球の出どころが見えなくて、気付いたらボールが手元に来ていた」と振り返ります。当然、2回戦以降の対戦相手も石戸投手を徹底的に研究し準備しましたが攻略できませんでした。

近年は投球フォームの解析なども進化し、効率よく体を使うことで高校生でも150kmを超えるストレートを投げる投手が増えてきています。打者はその球を打つために練習マシンの球速を速く設定し、徹底的に打ち込んでタイミングを体に覚え込ませていきます。日頃の練習の中で150km台の直球に慣れることで球速が速い投手と対戦してもいつもと変わらないパフォーマンスを発揮できるのですが、普段あまり練習しない120km台の遅い直球と出どころが見にくい変則的なフォームには上手く対応できないのです。慣れていないタイミングに対応することは容易ではないうえ、「このスピードなら打てそうだ」と感じてしまうと、「この程度の球は打たなければならない」というプレッシャーに変わってしまい余計に対応できなくなってしまうのでしょう。

このように「慣れている」か「慣れていない」か、ということは、結果に大きな違いを生み出してしまいます。仕事の中でも予期しない出来事が発生するのはよくあることです。経験したことのない突発的に発生した「普段と違う」状況や問題に対しても、落ち着いて冷静に正しく状況を把握し、解決まで導く能力が求められます。
経営学者の小池和男氏は、日本企業の競争力の源泉は現場で働く生産労働者の「知的熟練」にあると主張しました。小池氏は業務を「普段の作業(usual operations)」と「普段と違った作業(unusual operations)」に定義し、「知的熟練」とは「問題への対応」と「変化への対応」という「普段と違った作業」をこなす能力だとしました。
言い換えれば、「知的熟練」した社員は原理原則を正しく深く理解しているので、どんな状況になっても柔軟かつ適切に対応できるが、ただ作業に慣れているだけの人は経験したことがない問題に直面すると対応に窮してしまい、その差が競争力につながるというわけです。

準決勝で対戦した智辯和歌山高校は、疲労もあって制球が甘かった石戸投手の立ち上がりを攻め、3回までに5点を奪って勝利しました。当然、石戸投手を想定した練習を入念に行ないましたが、プロでも活躍した中谷仁監督は「実際に打席に入らないとわからない。僕が指示を出すよりも、選手の感覚、感性の方が大事」と最後は選手の対応力に託しました。選手たちは猛練習で体に染みついた技術や感覚に縛られることなく、「慣れ」を超越した「熟練」レベルの実力を発揮したと言えるかもしれません。

近年、世界情勢の急激な変化やAI(人工知能)などテクノロジーの急速な進化により、ビジネス環境は大きく変化するとともに不確実性がますます高まっています。そんな不確実性の高い環境下で企業が生き残るためには、予想外の事態が発生しても臨機応変に対応できる力を高めること、すなわち「普段とは違う」状況を正しく把握し素早く適応できる能力を身につけた「熟練」社員の存在がますます重要になってきます。
前述の小池氏は知的熟練の形成を支えているのは、長期雇用を前提とする幅広い OJTと職能給賃金だと指摘しました。しかし昨今、日本企業の雇用形態が大きく変わりつつあり、このアプローチが現実的かどうか疑問も残ります。ただ言えるのは、企業が「熟練」社員を確保するためには、時代に沿った人事制度や人材育成の仕組みを整備し続けなければならないということです。

2025年5月

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