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2015年05月01日

社外の有望技術を探す能力

前回は、企業が「イノベーション促進のためにすべきこと」と「社内でできること」のギャップを埋めるために、社外の既存技術を活用するオープン・イノベーションが有効である、とお話しました。実際に、P&G社は「C&D(Connect and Develop)」戦略に基づき、社外の実証済みの技術・アイデアを活用することで、開発期間を大幅に短縮し、開発コストを低減することに成功しています。今回はこのC&D戦略を参考に、社外の技術・アイデアの探し方に焦点を当ててお話したいと思います。

P&G社はアメリカに本拠地を置く日用消費財メーカーで、日本でもよく知られたグローバル企業です。日常よく見かける家庭用消臭剤や台所用洗剤、スナック菓子など多くのベストセラー商品が、実はオープン・イノベーションによって開発されています。C&D戦略は、自社のアイデアを実現する上で足りない技術を社外から求めるタイプのオープン・イノベーションで、C&Dを直訳すると「つなげて、開発する」となります。つまり、社外の企業やサプライヤー、研究機関、取引先、個人などが持つ有望な技術やアイデアを社内に取り込んで開発する仕組みとなります。P&G社内にも多くの優秀な研究開発スタッフを抱えていますが、成長目標を達成していくために、新製品の半分以上を社外の技術・アイデアから生み出すことを狙いとしています。 P&G社のC&D戦略はオープン・イノベーションの成功事例としてこれまで度々取り上げられてきたこともあり、もはやオープン・イノベーションの古典的存在と見る人もいます。しかし、C&D戦略には様々な仕組みや工夫が組み込まれており、現在でもオープン・イノベーションに本格的に取り組もうとする企業にとってベストプラクティスの一つとして、多くの示唆を与えてくれます。

それでは、オープン・イノベーションを実践する上で肝となる、社外の有望な技術・アイデアの探し方について見てみましょう。表1に示すように、C&D戦略ではグローバルに散在する社外の有望な技術を探し出すために、テクノロジー・アントレプレナーによる人的ネットワーク、専用ウェブサイトなどのITネットワーク、そして社外のオープンなネットワークなど、多様なネットワークが活用されています。これらのネットワークを通して一旦協業関係が築かれると、その企業や研究者の多くと関係が続くことになります。P&G社は、これにより社内研究開発スタッフの200倍の社外研究開発スタッフを抱えることができると試算しました。

表1 C&D戦略のネットワーク例
代表的ネットワーク 概要
社内構築ネットワーク テクノロジー・アントレプレナー・ネットワーク 世界各地に配置されたテクノロジー・アントレプレナーからなる人的ネットワーク。担当地域の大学や業界の研究者などの社外人脈を築き上げる。データベースの徹底検索に加え、地域の店舗や見本市などを歩き回り、実地での調査を行う。
サプライヤー・ネットワーク 研究開発スタッフ50,000人を抱えるP&G社のサプライヤー上位15社に対して、技術資料開示や課題回答を行う。また、P&G社の研究者がサプライヤーの研究室で働いたり、その逆のケースで協働開発も行う。
専用ウェブサイト 2007年に開設。社外からオープンにアイデアを募る技術調達サイト。年間数千件の情報を集めて製品開発に活かす。2009年には日本語サイトも開設されている。
オープン・ネットワーク ナインシグマ(NineSigma) 技術的な課題を抱える企業を、解決策を提供できる企業や大学、研究所、コンサルタントと引き合わせるサービスを提供する。
イノセンティブ(InnoCentive) 契約を交わした科学者7万5千人に、狭い範囲に絞り込まれた科学的問題を投げかけることで、解決策をもらえる。
ユア・アンコール(YourEncore) 優秀な科学者やエンジニアのOBを紹介するサービスを提供する。特定の短期的課題を解決するのに相応しい経験の持ち主に低コストで研究を委託できる。
(ソース:Diamond Harvard Business Review 2006年8月号及び日経情報ストラテジー2009年2月号より編集加工)

企業の成長において「ソーシャル・キャピタル」と呼ばれる資本が注目されています。企業にとって社外の企業や研究機関等との信頼や協調、協力関係は資本であり、そのような資本を多くもつ企業は成長することができるという考え方です。C&D戦略のネットワークでつながる企業や人は、P&G社の成長の糧となる強力な「ソーシャル・キャピタル」と見ることができます。

一方、このような多様なネットワークを通して社外の技術をやみくもに探し、山ほどの技術・アイデアを集めるだけでは、必ずしも収益性の高いイノベーションにはつながりません。そこで、C&D戦略で対象とする外部の技術・アイデアは、実用に供することができるもの、自社の能力を活かせるものに絞り込み、さらに調査の範囲を次の3つに限定しています。

表2 技術・アイデアの調査範囲
調査範囲 説明
消費者ニーズトップ10 毎年、消費者ニーズのトップ10リストを作成し、これらを解決する科学技術上の課題に限定している。研究者はどうしても個人的な興味を優先しがちであり、収益につながる消費者ニーズを明確にしておく必要がある。
隣接カテゴリー 既存商品をテコに使える新製品や新コンセプトを洗い出した上で、革新的な最先端技術を探す。
テクノロジー・ゲーム・ボード ある領域で入手した技術が他の領域の製品に及ぼす影響シミュレーションをチェスのようなテクノロジー・ゲーム・ボードで行うことで、強化すべきコア技術やライバルとの競合を有利にする技術を明確化している。これにより、探索すべき対象範囲だけでなく、調査対象から外すべき範囲も明確化する。
(ソース:Diamond Harvard Business Review 2006年8月号より編集加工)

このような会社として求めるべき技術・アイデアの方針や範囲はP&G社内の隅々まで浸透し、組織的な取捨選択が行われています。さらに、この第一関門をクリアした技術・アイデアは、社内の厳密なプロセスに則り、選別されていきます。日本企業はどちらかというと現場からのボトムアップのイノベーションを期待する傾向がありますが、P&G社は全社的な方針と仕組みに基づくトップダウンと現場からのボトムアップを併用したイノベーションを実践しています。今後日本企業がイノベーションを推進する上で、このようなC&D戦略は大いに参考になると考えます。

次回もオープン・イノベーションの具体的な進め方について話します。


2015年5月

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