社長通信 社長・瀬川文宏が気になること、考えさせられたことを綴ります。

2023年08月01日

ラグビー日本代表ジョセフ・ヘッドコーチの決断
~自律型キャリアと節目の迎え方~

夏祭り

9月8日からラグビーのW杯(ワールドカップ)フランス大会が行われます。2015年大会では、2度の優勝経験を持つ南アフリカに日本が勝利、「ブライトンの奇跡」と呼ばれて映画化までされました。続く19年の日本大会では史上初の決勝トーナメント進出を果たし日本中が熱狂、「one team」というスローガンも有名になりました。この19年大会に向けて16年から日本代表を率いて強豪国入りへの土台を築いたのがニュージーランド出身のジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)ですが、今年7月にはフランス大会終了後に退任する意向を表明しました。

世界最強と言われるニュージーランド代表オールブラックスの有名選手たちも、次々とW杯後の移籍を発表しています。スーパースターのボーデン・バレット選手はトヨタVへ、司令塔リッチー・モウンガ選手は東京BLへ、フォワードの中心であるアーディー・サヴェア選手は神戸Sへの移籍を早々に発表しました。ラグビーの関係者にとってW杯は最大のイベントであり大きな「節目」となります。その「節目」の年、すでに彼らは次のキャリアに向かって早々と動き出しているのです。

高度経済成長の中、「終身雇用」「年功序列」が当たり前の時代であれば、入社した企業から与えられた仕事に全力で取り組み、企業の期待に応え成果を出していけば、社会人としてのキャリアがほぼ約束されたかもしれません。しかし近年、人材の流動化が加速、企業側も従来の日本型雇用を見直そうとする動きが活発になっています。それとともにプロスポーツと同様一般企業の社員にも会社に頼ることなく、自分の能力を磨いてキャリアを自ら切り開いていく「自律型キャリア形成」が求められてきています。 一方で、当社内での調査では「自分のやりたいことが見つからない」「いつキャリアを考えれば良いか分からない」といった悩みを持つ社員も多く、自律型キャリア形成の浸透はまだまだ難しい状況であるのも事実です。
その要因として、「キャリアのゴールを自らが設定し、そこから逆算して次のステップに向けて何をすべきかを常に考えて、日々努力を続けなければならない」といった考え方に偏り過ぎているからではないかと思っています。

リーダーシップ論やキャリア研究などで有名な神戸大学の金井壽宏名誉教授は、人生の「節目」において自分を見つめ直し、将来の方向性をじっくり考えて自身のキャリアをあらためてデザインすることが重要だと説きます。また、「節目」で新たにキャリアをデザインし直したら、しばらく流れに乗って「ドリフト(漂流)」してみる。この繰り返しが、良いキャリアを築くことにつながるのだと述べています。
絶えずバックキャスティングしながら、次のキャリア形成を意識し続けるのではなく、日々の仕事や生活の中で「自分はこのままでいいのか」という危機感を持った時に、はじめてキャリアの「節目」を意識して見直せば良いのだと言います。そういう別のアプローチを取り入れることで、自律型キャリア形成のハードルも少し下がり、多くの社員に浸透するのではないかと考えています。

さて、日本のスポーツ界において監督の退任を事前に公表することはあまりない中、阪神の矢野燿大監督は2022年のシーズン開幕前に今季限りで退任する意向を明かしました。当然のように周囲からは「なぜ、この時期に」と批判を浴びました。
サッカーの日本代表監督もW杯直前で代わることはあっても、大会の成績を踏まえずに交代が発表されることはほとんどありません。18年大会は成績不振からハリルホジッチ監督がW杯2か月半前に解任され、西野朗氏が就任。見事決勝トーナメント進出を果たした帰国時の会見で、西野監督は日本サッカー協会と「今大会の結果がどうであれ、日本代表の監督を退任する」と大会前から決めていたことを明らかにしました。
大会直前に「辞める」というのは私たちの感覚では選手のモチベーションの低下など悪影響を心配してしまいます。実際、西野監督が大会後まで伏せていたのは、やはり選手をはじめ周囲への配慮だったのでしょう。
しかし、ジョセフHCは「離れるにはいいタイミング。いいことだと思っている」と話し、退任の意向がチームに与える影響を聞かれて「ない。W杯で勝つことだけが目標。自分の仕事」と断言しました。早めの退任発表には日本特有の感情論よりも日本ラグビー界の今後のことを考えた日本への愛情と配慮があったのではないでしょうか。

今後、自律型キャリア形成が浸透していくと、個々人のキャリアの「節目」での決断が周囲に与える影響も大きくなるでしょう。そんな「節目」での変化を受け入れ、折り合いをつけていくことは、個人にとっても組織にとっても大切ですが、お互いが折り合うための時間や準備も必要です。
フランスの細菌学者ルイ・パスツールは「幸運は用意された心のみに宿る」と言いました。社員と会社の両者にとって素晴らしい「節目」になるためには、お互いが納得して、できるだけ早く次のステップに向けての準備を始めなければなりません。企業はそんな自律型キャリア形成を支援する制度やコミュニケーションの枠組みを整備することが急務だと考えます。

フランス大会が、日本代表のさらなる飛躍の「節目」となるよう祈りながら、応援したいと思います。

2023年8月

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