社長通信 社長・瀬川文宏が気になること、考えさせられたことを綴ります。

2023年07月01日

「現役ドラフト」大竹耕太郎投手の活躍
~必要とされる幸せと承認欲求~

サンゴ礁

今年は春から阪神タイガースが好調です。そんな阪神で見事な活躍を見せているのが今季から加入した大竹耕太郎投手です。6月17日の古巣・ソフトバンク戦では6回1失点に抑える好投も報われず、育成選手出身として史上初の12球団勝利はお預けとなりましたが、ここまですでに6勝(1敗)を挙げ、チームの勝ち頭です。5月には4試合に先発して3勝し、自身初の月間MVPを受賞しました。
大竹投手は2017年に育成ドラフト4位で早大からソフトバンクに入団しました。18年から3年間で10勝しましたが、その後はあまり登板機会にも恵まれず、昨年12月9日に初めて開催された「現役ドラフト」で阪神に指名されて移籍しました。

「現役ドラフト」とは出場機会に恵まれない選手の移籍活性化を求めてプロ野球選手会が導入を希望し、長年議論を重ねてようやく実現した制度です。12球団とも2人以上の選手を提出、最低1人は移籍させ、また獲得しなければなりません。大竹投手以外にも細川成也選手(DeNA→中日)も5月に月間MVPを受賞しましたし、オコエ瑠偉選手(楽天→巨人)を知る関係者からは「環境が変われば、こうも人は変わるのか」という驚きの声も聞こえてきます。そんな選手たちの活躍を見ると、少なくともここまでは一定の成果を挙げている制度だと言っていいでしょう。
ある程度の実力がありながら、チーム事情で出場機会に恵まれない選手は少なからずいます。また監督、コーチなど首脳陣の考え方や好みに合う、合わないによっても違います。そんな選手にとって環境が変わることは大きなチャンスとなるのです。

大竹選手や細川選手が活躍できている要因の一つは、自分が「必要とされていること」を強く実感できていることだと思います。日本理化学工業株式会社の元社長・大山泰弘さんは、人間の究極の幸せは「人に愛されること」「人に褒められること」「人の役に立つこと」そして「人から必要とされること」と言いました。少なくとも以前のチームより自分の能力を必要としていると実感することで、「幸せ」を感じ「やる気」が生まれ「結果」につながったのではないでしょうか。

有名な心理学者のマズローは、人間の基本的欲求を低次から高次までの5段階の階層に分け、低次のものから「生理的欲求」、「安全欲求」、「所属と愛の欲求」、「承認欲求」、「自己実現欲求」としました。そして「他人から必要とされる」ことは4つ目の「承認欲求」になります。また、内発的動機づけ理論では、自ら行動を促し、モチベーションが高い状態で仕事に取り組むには「承認」が重要だと言われています。逆に言えば、自分のことを認めてくれない上司や会社のもとでは力を発揮できないということです。「自分は誰かに認められている」という感覚は、人間にとって明日への活力の原点なのです。

環境が変わることは、埋もれていた才能を開花させるきっかけにもなります。大竹投手はパ・リーグからセ・リーグに所属するリーグが変わりました。セ・リーグとパ・リーグの一番の違いは指名打者制の有無です。攻撃の際、投手の代わりに強打者が入るパ・リーグでは投手はひとときも息を抜けず、その結果、力で押す本格派投手の方が活躍できると言われています。
大竹投手の場合、近年は150キロ台中盤を投げる左腕も珍しくない中、直球は140キロそこそこ。緩急やコースの出し入れを武器とするスタイルはパ・リーグではあまり評価されませんでした。しかし独特の腕の振りでボールの出どころが見えづらく、変化球を駆使して打たせて取る投球はセ・リーグで見事にはまりました。ある評論家は「コントロールがいいので、セ・リーグが合っている。リーグを移ったのは大きいと思います」と分析しています。

企業の場合も同じです。社員が持っている能力やスキルを最大限発揮することができる環境を探し、そこで社員の成長を促すことが異動の基本です。社員の中には異動に関してネガティブなイメージを持つ人もいるでしょう。しかし「現役ドラフト」同様、少なくとも今の部署よりは自分の能力を活かして成長できると信じるべきです。異動先で自分が通用し承認されれば大きな自信になります。自信がつけばモチベーションが向上し、自身の行動変容に繋がり、周囲の期待を超えるパフォーマンスが引き出されるのだと思います。一方で、部下の異動に関して自組織の業績などから上司が二の足を踏むケースも散見されます。長期的な視点で部下の成長を第一に考えた人事異動を活発化させていくには、企業内で強制的に異動を促す「現役ドラフト」の仕組みを取り入れるのも一つの案です。

最後に、昔は運動会の短距離走で1位になるとか、似顔絵がクラスで一番上手と言われるとか、日常生活の中で周囲から承認される機会がそれなりにあったと思います。ところが最近は運動会で順位を決めないなど、だんだんそういう機会が減ってきています。
多様性の社会では、人それぞれ「それはそれでいいし、そうじゃなくてもいい」という風潮です。多様性を受容することを否定するつもりは毛頭ありませんが、一方で周囲から承認される機会が減ってきているのではないかと危惧しています。そして承認される機会を求めて若者はSNSに走っているようにも思います。そう思うと仕事の中でたくさんの「いいね」を伝えることが、これからの企業にとってとても大切なことかもしれません。

2023年7月

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