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2023年07月01日

製造業に生成AIがあるとき、ないとき

生成AIについてはその技術の革新性に加え、セキュリティや著作権への影響も大きく、世界中の様々な立場の人が盛んに論議し、発信しています。この技術は、学習したデータをもとに新しいテキストや画像、音楽、そしてプログラムコードなど作り出す新たなAI手法です。最近話題になっているChatGPTは生成AIの一例で、名前の通り自然な文章の生成や要約、翻訳などをしてくれます。この革新的なAI技術の活用はこれからも急速に拡大していくと想定される中で、今回は製造業に生成AIがあれば、どのような活用できるのか、逆に、なければどうなるか考察してみます。

これまでのAIは大量のデータをインプットして特徴や傾向を学習させておくことで、文字や画像の識別、需要予測などを得意としてきました。例えば、製品検査では大量の検査サンプルデータを学習させることで、人に代わってAIが合格か不合格の識別をしてくれます。これに対し、生成AIは膨大な文書データで学習した大規模言語モデル(LLM)から統計的に確率の高い言葉を抽出するシンプルな仕組みです。利用の観点からは、これまでの識別や予測を超え、自ら新たな成果物を創造してくれる点が大きな進歩です。

LLMは正に生成AIのスマートさを左右する肝となります。テキストだけでなく、画像や音声、図も学習して生成することもでき、最近は画像や図からテキストを生成することも実現できています。生成AIは膨大で多様なデータを基に学習しているので、一般の人が持っている限られた知識やその人が検索して得られる情報からの答えより、成果物の精度は高くなります。一方で、生成AIによりLLMは異なり、その精度もバラつきが生じ、得意・不得意もあります。また、十分に学習していないLLMであっても、AIは平然と誤答してくることもあり、注意が必要です。

それでは製造業に生成AIがあるとき、どのような使い方ができるか見ていきましょう。まず、製造現場の方が日常で知りたいことと言えば、最新の工程進捗や仕掛品の在庫数などですが、これらは生成AIに頼らなくても基幹システムを見れば分るはずです。一方、製造設備やロボットの操作や段取り替えなど、ベテラン技能者であれば経験的に分かっていても、経験の浅い人にとっては困りどころです。マニュアルや製造日誌に記載されていても、どこを見ればいいのか、何を意味しているのか直ぐには分かりません。例えば、現場担当者が質問し、生成AIが答えを画像や動画、音声で分かり易くガイドしてくれれば、効率は上がり、間違い防止やさらに技能継承につながります。また、最近の国内製造現場には多くの国から技能実習生など外国人が増え、その役割も広がってきています。生成AIであれば、必ずしも日本語が得意でない彼らが母国語で複雑な質疑やガイドを行うことが可能となります。このような製造現場での利用には、自社内情報を学習したLLMが必要となります。

製造業部門 生成AI用途 利用データ(LLM)
自社内 社外
開発 適合材料、部品探索 テスト仕様と結果 特許、論文
検査 不適合データ生成 適合データ
製造現場 操作ガイド
作業ガイド
設備・ロボット操作マニュアル
製造日誌
調達 サプライチェーン状況 サプライヤー契約書 サプライチェーン情報
各国地政・天候データ
マーケティング、営業 製品戦略・営業戦略立案 競合他社製品の仕様・評価

図表1:製造業における生成AIの用途と利用データ(LLM)

次に、開発部門に生成AIがあるときは、現在は専門技術者が多大な時間を要している、新たな素材の探索や部材の用途開発が大幅にスピードアップできます。このLLMには自社内の試験データと社外にある技術論文や特許データと合わせた学習が求められます。また、検査業務では、従来のAIによる検査作業の自動化が進められようとしていますが、ここでネックになっていたのがAI学習用の不良品データです。これまで色々起こりえる不良品の実データをなかなか揃えることができなかったのですが、今後は様々な不良品の画像を生成AIで簡単に作らせることができます。

では、調達業務はどうでしょう。現在の多くの製造業では、直接の仕入先だけでなくその上流の仕入先など、サプライチェーンはグローバルに複雑に広がり、変化しています。このため、仕入先の製造先拠点がある地域で発生した大規模災害や地政学的リスク、電力供給問題等の影響はいち早く察知し、必要によっては代替仕入先を探さなければなりません。長期の操業停止などのインパクトを考えると、調達部門のこのようなサプライチェーン・リスクの情報把握が益々重要になってきています。生成AIがあれば、リスクの素早い察知、関連情報の網羅的把握が可能となります。そして、この時のLLMは最新のグローバル情報を取り入れて学習している必要があります。

最後にマーケティングや営業部門です。既に競合他社製品の仕様や評価について様々な社外情報が利用されています。自社製品の評価についても、社内にこれまで実施してきた多くの調査・アンケート情報があるはずです。B2Cビジネスであればネット上にあるVOC(顧客の声)も利用しているでしょう。このような関連データを包括して学習した生成AIがあれば、調査や企画立案において色々役立ちます。マーケッターや営業企画の専門職のアシスタントとして、多くのアイデアを出してくれ、ブレスト的に利用することもできます。

このように製造業では、自社内データと社外データを学習した生成AIがあれば、各部門での活用が期待できます。現時点では、自社LLMの構築に必要となる相当なコストと体制が課題となりますが、他の技術と同様に技術進歩により課題が解消されていくと推測されます。また、社外データ活用の場合には、情報の発信元や信頼性を確認できることが必要です。ものづくりでは原材料の原産国や製造者を開示するトレーサビィリティが求められます。これはデータについても当てはまりますが、この課題も技術的に解決されていくと思われます。

それでは、製造業に生成AIがないときは?と考えると、今やデジタル技術の活用は企業の競争力を高め、差別化を図っていく上で最優先課題です。長期的には産業革命の歴史、直近ではDXへの各社取組みを振り返ってみても分かるように、技術革新に背を向け、新技術の利用に消極的なままであれば、遅かれ早かれ競合に敗れ、取り残されていきます。 日本の製造業が企業固有のものづくりの知見とネット上の集合知を組み合わせることで、自社に合った生成AIの活用につなげていくことを期待します。

2023年7月

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