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2023年01月01日

製造業に求められる人的投資

企業の価値や魅力を外から評価するために、株価を使った指標が利用されます。中でもよく目にするのが企業の株価の総額を表す時価総額で、企業の価値を示す指標として使われることが多いです。もう一つ、特に最近新聞で目にするようになった指標が、PBR(Price Book-value Ratio:株価純資産倍率)です。PBRは株価を一株当たりの純資産と比較する指標です。PBRは1倍が基準となりますが、投資家から見て企業価値の高い企業はPBRも高くなります。米国のS&P 500上場企業のPBRを見ると平均3倍くらいあり、欧州のSTOXX 600上場企業でも2倍以上あるのに対して、日本を代表するTOPIX 500上場企業は平均1倍程度です。この低いPBRを高めていき、時価総額を大きくしていくには、日本の製造業はもっと人的投資を増やす必要があります。

時価総額とPBR

図表1:時価総額とPBR(数字は2022年7月時点)

企業が保有する機械や建物等の従来型の固定資産や製品、原材料といった目に見える有形資産に対して、ブランド、人材、ノウハウなどの目に見えない資産が無形資産です。企業の価値は、現在の稼ぎだけでなく、将来まで継続して稼ぐ力に対する期待で形作られます。この企業の「将来まで稼ぐ力」を産み出すのが無形資産です。PBRはこの無形資産による企業の価値創出力を測る指標と言えます。
日本企業の無形資産投資の対GDP比率や無形資産投資と有形資産投資比率を見ると、欧米諸国と比べてかなり低い水準となっています。無形資産投資の中では、日本企業のR&D投資は欧米に比べ遜色なく、特に製造業の場合はむしろ多いと言えます。しかしながら、人的投資は欧米に比べ遥かに少ない規模に止まっています。米国では2000年ごろには既に無形資産投資が有形資産投資を上回っていましたが、製造業が強かった日本では、有形資産投資によって収益を上げようとする傾向が強く残ってきました。

人的投資の遅れが広がると、後になって人材育成を行っても、企業の収益率を高めることが段々難しくなっていきます。日本企業がこれまで人的投資を有形資産への投資やR&Dの後回しにしてきたつけは、非常に大きいと言えます。知識は一度身につけても時間が経てば古くなり錆びついてきます。人的資本は毎年3割程度減耗していくことが研究で示されています。人材育成も繰り返さなければ効果はなく、社員も継続的な研鑽が求められます。製造業でこれまで多用されてきた、OJT中心の社員研修も見直しが必要です。従来業務の継承であればOJTでもよいですが、新たなアイデアを生み出すための研修は、職場内訓練のOJTよりも日々の業務を離れたOff-JTの方が有効と言われています。また最近はどの企業もDX人材を必要としていますが、先ずはDX人材育成のために社内外研修を充実していかなければなりません。

日本企業では、人的投資はどちらかというとコストと見られてきました。設備投資と比べ、人的投資は確かに成果が直ぐに見えづらい面があります。しかし、最近の様々な事例や研究において、人的投資と生産性や利益、経営効率には、明確な相関関係があることが分かってきました。例えば、女性管理職が1%増加すると7年後のPBRが3%向上し、従業員の多様性の取り組みが投下資本利益率を1ポイント押し上げ、従業員の満足度が高い組織は予算達成率が2割高いなど、人的投資はコストではなく財務や株価に与える良好な効果が示されています。更に製品やサービスの付加価値向上につながるメカニズムも徐々に解明されてきています。

組織 人材育成 働き易さ 多様性
雇用形態別従業員数 1人当たり研修費用・時間 育児休暇取得割合 従業員性別・人種別割合
平均給与 研修体系/内容 有給取得率 経営層/管理者女性割合
DX人材確保方法 事業後継者準備率 従業員満足度 中途入社社員管理職割合

図表2:人的投資に関する情報開示の項目例

東京証券取引所は、2021年にコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)を大きく改訂しました。これに従い、特にプライム市場において、上場企業はこれから人材育成を含む幅広い経営情報の開示を積極的に行っていくことが求められます。これまでの売上や利益、資産、負債といった財務情報だけでなく、人材育成方針や気候変動対策など、サステナビリティに関する非財務情報についても開示が求められます。企業はそれぞれ自社の戦略に照らし合わせて、重要な非財務項目を特定し、企業の価値創造に結びつける道筋を投資家にアピールすることが重要になっていきます。非財務情報の対象は幅広いものの、総花的な開示に終始するのでなく、自社ビジョンや戦略に有用な項目を定めるべきです。そして、それら項目の進捗状況や見通しを合理的に説明することで、投資家からの納得感を得られるようにしていく必要があります。

自社のビジョンや戦略に則した幅広い情報開示は、企業の競争力の強化につながっていきます。一方、人材や環境に消極的な企業は、投資対象から外れるだけでなく、顧客や従業員からも支持を得られないため競争力は低下していきます。日本の製造業がIR活動(Investor Relations)を通して積極的な人的投資を発信し、成果を出していくことで、競争力を磨いていくことを期待します。

2023年1月

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