2025年08月01日
“ママさんハードラー” 寺田明日香選手の引退
~魅力ある「マミートラック」を目指して~
陸上女子100mハードルの元日本記録保持者で、2021年東京五輪に出場した寺田明日香選手(35)が7月6日に行われた第109回日本選手権に出場、6位に終わりました。今季限りでの現役引退を表明しており、これが最後の日本選手権。「表彰台に上れずに終わったことは悔しいけれど、それが今の私の力。しょうがない」と話し、決勝を戦ったメンバーと一緒に笑顔で記念撮影をしていました。
寺田選手は2008年に当時18歳ながら日本選手権で最年少優勝し、2010年まで3連覇を達成。2013年に23歳の若さで引退しました。翌年結婚し、女児を出産しました。2016年には7人制ラグビーを始め、日本代表のトライアウトに合格して練習生として活動。2019年に陸上競技に復帰すると2021年には自身の持つ日本記録を更新し、同年の日本選手権で11年ぶり4度目の優勝を果たしました。そして8月に行われた東京五輪にも出場し、日本人選手として21年ぶりに準決勝まで進出したのです。
一度は引退、出産しながらママさんハードラーとして見事な復活劇を遂げた寺田選手。しかし、そこには並大抵ではない苦労があったようです。日本のスポーツ界では妊娠、出産を経験した女性アスリートはそのまま引退するのがまだ一般的なため、寺田選手が復帰しようとした時には周囲から「競技に対して一度諦めた人間がまたできるわけないだろう」という厳しい言葉をかけられました。また遠征や合宿などで家を空けることもあるため「子どもを置いて自分の競技を優先するほどその競技は大事なのか?」とも言われたそうです。「子どもとスポーツ、どっちを取るんだ」というような周囲の声に対して、寺田選手はテレビのインタビューに「それは比べるものかな?と思ったんです」と話していました。
海外では妊娠中から出産後まで復帰へのプログラムが作られていて、女性アスリートが安心して復帰を目指せる環境が整っている国が多くあります。「当たり前が当たり前じゃない。それが今の日本と海外の違い」と寺田選手は言います。「性別関係なく、年代を問わず、復帰するのが当たり前っていう雰囲気があるからこそ復帰プログラムも生まれるし、研究機関もできるし、トレーナーも育つ」。日本にもJISS(国立スポーツ科学センター)に産前産後プログラムがあるのですが、寺田選手も知らなかったほど、まだまだ女性アスリートにさえ、広まってはいないようです。
日本企業における女性社員の出産を支援する制度や仕組みも、年々整備されてきました。企業は育児休業(産休・育休)制度に加え、フレックスタイム制度や時短勤務制度などを導入、出産後の女性社員が職場に戻りやすい環境作りを進めてきました。またコロナ禍の中、在宅勤務を中心にリモートワークを推進、新たなコミュニケーションツールを活用することで、よりフレキシブルな勤務形態も可能になりました。それでも育休からの仕事復帰に不安を抱く人は多いと言われています。
1988年ごろアメリカで使われ始めた「マミートラック」という言葉があります。「トラック(track)」は、「進路」や「道筋」「コース」といった意味で「母親向けの別のキャリアコース」というニュアンスです。 本来は母親となった女性の子育てと仕事を両立するための柔軟なキャリアの選択肢を表現する言葉ですが、日本では、女性が家庭の役割に縛られてしまい、仕事やキャリアの選択肢を狭められ、キャリアを諦めるといったネガティブなニュアンスでよく使われます。日本には古くから「男性が働きに出て、女性は家を守る」という風習があったため、女性の社会進出に伴い出産後の職場復帰は増えているとはいえ、出産や育休がもたらすキャリアへの影響は想像以上に大きいのです。
実際、リーダーや管理職層の女性社員が育休後に元のポジションに戻れないといったケースは少なくありません。女性社員自身も、出産を機に周囲からリーダーシップを期待されていないと感じたり、他の男性社員の方がリーダーに向いていると感じたりするようですが、これもまた組織文化や職場環境からくるアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)が原因ではないかと思います。
偏見を払しょくし、職場復帰した女性社員が持てる能力を存分に発揮するには寺田選手が言うように「復帰するのが当たり前」という職場の雰囲気作りが重要になります。例えば、男性社員が家事や育児を担うために育児休暇を取得することが、周囲から「当たり前」に見えるような職場(特に男性社員)の意識改革は必要不可欠です。また、働く母親社員向けのキャリアカウンセリングやメンタリングなどの支援制度を整備し、共感し相談し合える仲間に出会う機会を増やすことも必要でしょう。時間はかかりますが、こうした活動を地道に続けることで家庭と仕事を両立しながら「自分らしい」マミートラックを歩んでいるロールモデルが増え、職場の「当たり前」も変わってくるのではないでしょうか。
多様な社員が「自分らしい」キャリアを選択し、自律したキャリア形成を行なうことで個人の持つ潜在能力をより開花させていく。そんな企業を目指すには、マミートラックを魅力的なものにすることが、経営が越えるべき最初のハードルなのかもしれません。
2025年8月
ITの可能性が満載のメルマガを、お客様への想いと共にお届けします!
Kobelco Systems Letter を購読ライター

代表取締役社長
瀬川 文宏
2002年 SO本部システム技術部長、2008年 取締役、2015年 専務執行役員、2017年3月より専務取締役、2021年3月代表取締役社長に就任。現在に至る。
持ち前のガッツでチームを引っ張る元ラガーマン。
最新の記事
年別
他の連載・コラム
- ホーム>
- 連載・コラム>
- 毎月更新中! 社長通信>
- “ママさんハードラー” 寺田明日香選手の引退
Webでのお問い合わせ
お問い合わせ