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2012年09月01日

包括利益計算書とリサイクリング

有価証券報告書提出会社では、平成23年3月期から連結財務諸表について包括利益計算書が導入されています。包括利益は、日本基準のコンバージェンスの一環として導入された新しい利益の概念です。さらに、各種の会計基準改定にあたっては、包括利益に関連する事項としてリサイクリングの可否が話題になります。今回は、包括利益とリサイクリングについてまとめていきたいと思います。

包括利益とその他の包括利益

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包括利益とは、財務諸表において認識された純資産の変動額のうち、企業の純資産に対する持分所有者との直接的な取引によらない部分をいいます。すなわち、純資産の変動額のうち、資本金、準備金、剰余金等の資本取引による変動額を除いたものが包括利益です。
包括利益の構成要素は、当期純利益(少数株主利益を含む)、その他の包括利益です。その他の包括利益には、その他有価証券評価差額金、繰延ヘッジ損益、為替換算調整勘定、持分法適用会社に対する持分相当額が含まれます。
包括利益は、資産・負債アプローチのもとで純資産の変動額を基礎とした利益概念です。一方で、当期純利益は、実現主義のもとで一会計期間に実現した利益(=期間収益-期間費用)を表すものと考えられます。
IFRSにおいては、当期純利益よりも包括利益が重要視されていますが、その理由としては、投資家の意思決定に資する情報を提供することを目的として、公正価値評価により純資産を算定することに重きを置いているためと考えられます。公正価値による純資産を重要視すれば、当期純利益と資産価値の変動による増減額などを区別して把握することの意義は低下します。そこで、資産価値の変動による増減額などをその他の包括利益として取り扱うとともに、当期純利益とあわせて包括利益として捉えているのです。これにより、貸借対照表と損益計算書(包括利益計算書)の連動関係が保たれたクリーン・サープラスの状態になるという効果があります。

包括利益計算書

包括利益計算書は連結財務諸表について作成が求められており、個別ベースでの作成は必要ありません。企業会計基準委員会では、当初の「包括利益の表示に関する会計基準」(企業会計基準第25号)の制定時から、連結財務諸表のみならず個別財務諸表への導入の是非を検討していました。しかし、市場関係者の意見が大きく分かれている状況や包括利益に関する情報が株主資本等変動計算書から入手可能であることなどを理由に、平成24年6月に公表された改正基準では、当面の間、個別財務諸表における包括利益計算書の作成を行わないことが明記されました。また、会社法の連結計算書類では、包括利益計算書の作成は、義務付けられておらず、金融商品取引法のみで開示が要請されています。
なお、包括利益計算書(税効果控除後の金額で表示する方法)を例示すると以下のようになります。

リサイクリング

その他有価証券の売却により有価証券評価差額を実現利益として計上するなど、その他包括利益を当期純利益として計上し直すことをリサイクリング(組替調整)と言います。
現状の日本基準ではリサイクリングの実施が可能ですが、IFRSでは、一部の項目でリサイクリングを禁止しています。リサイクリングが禁止される場合に、その他の包括利益は、その実現時に当期純利益を経由せずに直接的に利益剰余金へ振替えられます。
リサイクリングが禁止される理由としては、先述のように当期純利益と資産価値の変動による増減額の区分が重要視されていないことに加えて、含み損益の実現処理が恣意的な損益計上の温床になりかねないことなどが考えられます。
なお、IFRSにおいてその他包括利益として処理されている項目とリサイクリングの可否を示すと下記のようになります。IFRSでは、自己使用固定資産の再測定損益や退職給付会計の数理計算上の差異など下記4~7の項目についてリサイクリングが禁止されています。

◆IFRSにおけるその他の包括利益
項   目 リサイクリングの可否
1 在外営業活動体の財務諸表の換算差額累計額
2 売却可能金融資産の公正価値の未実現損益
3 キャッシュ・フローヘッジにおけるヘッジ手段から生じた損益の繰延額
4 企業の選択によりその他の包括利益として認識することを選択した売買目的以外の持分金融商品の公正価値の変動額
5 自己使用固定資産の再測定損益
6 退職給付会計の数理計算上の差異または再測定
7 公正価値オプションが適用される金融負債において信用リスクの変化部分に対応する公正価値の変動額


また、IFRSにおいては、当期純利益の内容が日本基準のものから変質してきていると言われることがあります。つまり、その他の包括利益のノンリサイクリングにより、日本基準であれば、当期純利益を形成していた一部の要素が、直接的に利益剰余金に計上されているので、この部分について当期純利益の構成内容が異なってしまっていると言えるのです。
日本基準では、従来から実現主義を基本とした損益計算書のもとで、当期純利益を最終損益とした開示が行われているので、当期純利益が変質してしまうことに対する抵抗感は強く、IFRS導入に関する議論や日本基準のコンバージェンスにあたってノンリサイクリングに反対する意見が多数出ることがあります。
2012年5月には、コンバージェンスの一環として退職給付会計基準が改正されています。ここでは、未認識数理計算上の差異に関するその他の包括利益を通じた負債計上などの改正が行われていますが、リサイクリングの禁止は規定されませんでした。今後のコンバージェンスによるその他の会計基準の改定にあたっても、リサイクリングの可否が検討の対象になるケースは、少なくないものと考えられます。

2012年9月

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